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ストリートピアノと自己顕示

結婚する娘に向けて初めてピアノに挑戦する父親の姿を描いた地方のCMがありました。かなり前のものですが、とても良く覚えています。

若くして亡くなった母親が弾いていた思い出の曲を娘のために父親が演奏する。決して上手とは言えないけれど、一生懸命に演奏する父親の温かい心が胸を打ちます。

インターネットを通じて広く知れ渡るCMとなりました。

なぜこれほどまでに話題になったか。それは、音楽の真髄がここにあるからだと思います。

音楽などの芸術という分野は、思想やメッセージを様々な手段で表現する行為です。先に述べたCMは結婚式で最も一般的なマイクを使ったスピーチではなく、ピアノ演奏という形で娘へのメッセージとしたわけです。ですから、これは芸術的表現と言えます。

「伝える」ためにはそれを「受信」してもらう人が必ず必要です。また、受信できたとしても、その人が受け入れてくれなければ成立しません。相手にとって不快なもの、納得できないものは拒否されます(それが一概に悪いとも言い切れませんが)。

これは日常のコミュニケーションでも同じです。相手と良い関係を築くためには、自分の価値観を強引に押し付けたり、自分が自分が、と強欲な主張ばかりしていれば多くの人はそこから離れていきます。

久しくゲームセンターに行かなくなりましたが、学生の頃は暇潰しによく行っていました。25年ほど前でしょうか、ちょうどその頃いわゆる「音ゲー」というジャンルが出てきた時代です。

ドラムを叩いたり、流れてくるマークに合わせてボタンを押したり、ダンスをするものもありました。太鼓の達人もその頃だったと思います。
音ゲーは、いつもの演奏の感覚でボタンを押すと、若干タイミングが早いらしく、苦戦した記憶があります。

それはさておき、ゲームというのはどんなものでも極める人がいるもので、音ゲーも当然そうした人がどんどん生まれてきました。

ゲーセンに行くとある一角に人だかりができていて、何事かと覗いてみたら、信じられないスピードでドラムを叩いているゲーマーがいて、滝のように流れてくる画面のゲージに合わせ、ひとつもミスすることなく完璧に叩いていました。ゲーセンにはそうした人がたくさんいます。

凄いな、と思う反面、感動するとか憧れるといった心を動かされる「衝動」が自分の中にまったく生まれないことに気づきました。それはなぜかと考えてみると、

自己顕示の塊だから

だと思うのです。俺って凄いだろ!かっこいいだろ!真似できないだろ!俺が一番上手いんだぞ!という圧力がそのゲーマーからビンビンに伝わってくる。

ドラえもんで、スネ夫の良くないところだけが凝縮して大放出しているような、そんな自己顕示(スネ夫は悪い子じゃないけど)。

俺が俺が!見て見て!凄いだろ!と言われても、正直なところ心は動かされません。

昨日ストリートピアノを撤去することになったネット記事を読んだので、こんな話を書いています。

ストリートピアノはYouTubeも含めて数えるくらいしか聞いたことがないのですが、それでもゲーセンの音ゲーのような自己顕示、注目を浴びるための技巧的パフォーマンスを強く押し出しているものが多くて興味を持てないのだなと思っています。
もちろんYouTubeなどは瞬間的、継続的に視聴者の興味を逸らさずにいられなければならず、そうなると技巧的な演奏が手っ取り早いのは仕方ありません。
同じようにストリートピアノで多くの人が足を止めてくれるためには有名な曲、技巧的な演奏という手札を使うことが基本となるでしょう。

屋外ということ、ストリートピアノの多くがアップライトであることも理由の一つだと思うのですが、多くの人に注目してもらうためにはできるだけ大きな音で弾かないと聞こえない、それに加えての自己顕示の強さ。それが体の無駄な筋力を使う方向になってしまうと、ただただ粗野や音を並べるだけの演奏になってしまいます。

少なくとも僕が見た動画や実演は、心が動くようなものはほとんどありませんでした。

ストリートピアノがこのような存在になってしまうようであれば、音楽芸術との相性と乖離する一方です。駅のピアノが撤去されてしまうのも無理はないと思います。そもそもストリートピアノは、個人技を得意気にひけらかすためのものではないはずですから。

ただ、誤解ないように付け加えると、YouTubeなどの自己顕示丸出し自体が悪いとは思いません。エンターテイメントとして、パフォーマンスとして存在することは共感はできませんが否定しません。

でも、やはりもっともっと音楽芸術に触れることで相手を想う気持ちがこもった演奏や、自分の気持ちを伝えたいという強い意志のある深い表現に若い人がたくさん触れる機会を持って、豊かな心を育んでもらいたいと思うのが正直なところです。


荻原明(おぎわらあきら)

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