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【妄想対話】お化け屋敷のお化け役の人は

職場は、暗くて狭い建物の中。
アトラクションに参加した客をもれなく怖がらせることが、彼の仕事だ。
ときに心ない言葉を投げかけられながら、一日の職務をまっとうする。

彼が更衣室で白装束から通勤服に着替えるわずかな時間、
そこにあるのは虚無なのだろうか。


3年前、彼はうだつのあがらないサラリーマンだった。

毎日、上司や取引先から怒られ、同期たちの明るい雰囲気にも馴染めず、
それでも、「人を喜ばせる仕事がしたい」という一心で日々奔走していた。

ある日、喫煙室の前で、彼は自分の悪口を耳にしてしまう。

「あいつ、顔が怖いんだよな」

数日後、退職届を提出したその足で、小さな遊園地に迷い込んだ。
何をするでもなくベンチに腰をかけると、
少し離れたところに風船を配るウサギの姿が目についた。

自分もこんなふうに、誰かを喜ばせる仕事がしたい。
自分らしく働きたい。

「顔が怖い」と言われる自分に、いったい何ができるのだろう。
しばらくぼんやりと空を眺めていた。

ふと気がつくと、さっきのウサギが目の前に立っていた。
そして真っ赤な風船を差し出しながら、こう言った。

「君のような人を待っていたよ。10年に1人の逸材だ」

意味を質問すると、僕の後方を指差した。
振り返りと、そこには「お化け屋敷」の看板があった。

ウサギの中身の正体は、この遊園地の支配人だった。
赤い風船を受け取ると、残りの風船たちが空を舞った。


こうして彼は天職に巡りあった。

彼が更衣室で白装束を脱ぐとき、そこにあるのは虚無ではない。
充実感と誇りに満ちた顔を鏡に映し、
あの日の風船に似た真っ赤な血糊をぐいっと拭い取った。



10代の頃、京都(大阪だったかな。忘れたや)のジョイポリスに、
当時大ヒットしていた映画『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』の
アトラクションがあって、それがとんでもなく怖かったんです。
一緒に行った友人も私も、人生で初めて腰を抜かす経験をするほどに、
あのときのおばけ役の人は、本当にプロだった。お化けのプロ。

そんな夏の思い出を話していたら、
「つまりは適材適所」という結論に至ったわけです。

一般的に「欠点」と言われてしまうどんな要素も、
何にも変え難い「強み」や「個性」に変えて活かせる場所がある。
若い頃にこれに気づけていたらなぁ、とぼんやり考えたりする、
いまはもう冬の始まり。

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