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あなたと話がしたくてたまらないんだ。京都大学熊野寮で暮らした日々の思い出

寂しい。とにもかくにも寂しい。

もともと引きこもりな質だし、ひとりの時間も苦痛と思わない。休日はたいてい、家でひとりか、ひとりで街から街をとにかく歩き回っている。

周りの会社に比べて、早々とリモート勤務が始まって、もう2ヶ月、そのうちに3ヶ月にもなろうとしているのか。

人よりはかなり、性に合っていると思えども、そろそろ本当に寂しい、というか物足りないと感じるようになってきた。

Zoom飲みとか、テレビ電話をすることが普及して、ひととひとの距離がむしろ近くなったんじゃないのか、と錯覚させられるけど、

なんでもない偶然のすれ違いから生まれるコミュニケーションや、なぜかそんなに親睦が深くなかったひとと話し込んでしまって、意気投合するとか、そういうコミュニケーションの偶然瞬きとか、ホットスポットみたいなのがなくなってしまったと思う。

その人と話したくなったら、堂々と「わたしはあなたと話がしたいんです」と宣言しないといけなくなってしまった。もはやデートの誘いにも等しく、告白にも等しい。関係値がない相手に言うにはなかなかハードルが高い言葉だ。

そんなことを考えていると、社会人になってから、そして京都という土地を離れてからずいぶん心が離れてしまっていたが、あの470人の男女が隣り合わせで暮らしていた学生寮での暮らしを思い出す。

目をつぶると思い浮かぶのは、13畳くらいの広さの談話室という部屋。壁の本すこし古いマンガが並んぶ本棚と、こたつテーブルがふたつに、テレビゲーム。先輩がひとり格闘ゲームをしていて、ある後輩はマンガを読んでいて、ある後輩は、こたつに入ってノートパソコンでレポートを書いている。

わたしもその輪に入ってただスマホをさわったり、テレビをつけてみたり、読みたいわけでもないマンガを、ただ惰性で読んだりする。

各々、ひとりの時間をすごしているだけなのだけど、お互いを許し合うような雰囲気と、たしかな人の気配が、わたしをひとりじゃないと安心させた。

そうこうだらだらとなにもない時間を浪費しているうちに、0時をまわって深夜になっていたりする。明日の授業があるひとは部屋にもどって、学校をサボりがちなわたしと、よく顔をあわせてはいるけども、面と向かって話をしたことないような、3つとか4つとか結構年が上の先輩だったり、あるいは下の後輩とふたりきりになったりする。

最初はなんてことないような話をしたりするんだけど、いつしか会話の内容はお互いの家族や友人、故郷の話、過去にした恋の話、結婚観や恋愛観、ジェンダー観や社会観、将来どうしていたいのかとか、どんなことを良いと思うとか、嫌だと思うとか、いつの間にかお互いの手札をきれいサッパリみせあって、自己開示をしていたりする。

そうしているうちに朝になってしまって、お腹も減ってくるので、じゃあコンビニでも行こうかといってお互いにポッケに財布と携帯を入れて寮をでる。

4時とか5時の明け始めた淡いブルーの世界を並んで歩く。クロックスがコンクリートに擦れる音がする。

コンビニでカップ焼きそばとかおにぎりとかパンとかそれぞれに食べたいものを選んで会計をして、たいていどちらかか、あるいは両方がカップ麺の類を買っていたりするので、相手がコンビニのポットでお湯を入れるのを待つ。

お湯のはいったカップ麺片手にともに寮に帰っていく。

談話室に戻ると、買ってきたものをただただ一緒にたべて、満腹感で眠くなってくると、「じゃあおやすみなさい」といって片方は部屋に戻っていき、片方はそのままこたつでウトウトと眠った。

その偶然のコミュニケーションの瞬きが忘れられなくなって、また同じように夜中にようもなくテレビを見に行ったり、マンガを読みに行ったりするようになった。そうして夜が更けて、ささやかな談話のときがくるのを待っていた。

偶然の瞬きをいつしかお互いが期待するようになり、いつしか恋に落ち、それは必然になり、恒例の夜明けのコンビニが、「今日はセブンイレブンがいい」とか言い出して、いつもと逆方向に歩いてみたりして、「せっかくだし鴨川でも歩こうよ」とか言ってみたりして、明け方の鴨川で恋人になったりした。

社会人になってから、そしてとくに東京にやってきてからそうした偶然の瞬きをえることがとても少なくなった。

一緒にいるためにはお互いにメリットがある理由が必要で、それぞれには明日の事情と終電があるので時間がくればうちに帰っていく。そうして、わたしもひとり家に帰るのだ。

好きな音楽とか、影響を受けた映画とか、好きであまらない小説とかマンガとか、これまでの人生や若い頃の話とか、恋愛がどうとか、家族がどうとか、もっと話がしたくてたまらない、あなたの話を聞きたくて、たまらないんだ。

とてもじゃないけど、わたしと朝までZoom飲みしませんかなんて言えやしないよ。

ささやかな恋もしづらい時代になってしまったものだ。

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