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【本編】サムライ×バズホリック(ジャンププラス原作大賞/読切部門応募作品)

河原町御池の交差点は今日も人が多い。スマホを片手に佇んでいると、中学生くらいの女の子に声をかけられた。
「あのっ、もしかしてリーナさんですか!? SNSいつも見てます!!」
私は笑顔で彼女と握手する。興奮した様子の彼女が去ると、私はサッと鏡を取り出し、身だしなみをチェックした。
サラサラの髪、完璧なメイク、美しいネイル。鏡に映っていたのは、キラキラと輝く私だった。
「は〜っ、今日も私、最高に『映え』てるやん!!!」
つい自分で自分に見とれて溜息を漏らしてしまう。
私はリーナという名前でSNSをしていた。フォロワーが1万人を超す、いわゆる『女子高生インフルエンサー』だ。放課後や休日に京都市内の『映える』お店を巡ってはSNSにアップしている。自分の姿を載せることもあるから、お洒落に気を抜くことはできない。
ルンルン気分で鏡を閉じると、
「すまん!ちょっと教えてほしいんじゃが。」
と背後から野太い声がした。観光客に道を聞かれるのはよくあることだ。私は振り返って返事をしようとする。
「げっ…。」
そこに立っていたのは、侍の格好をした同い年くらいの男の子だった。ボサボサの長髪をくくり、腰には土産物屋で売っていそうなプラスチックの刀を差している。地味な色味の着物は着崩れしていて、お世辞にもかっこいいとは言えなかった。
「この近くに、桂小五郎の像があるって聞いたんじゃが、おぬし、どこにあるか知らんか?」
……ヤバい、こいつ絶対に変な奴だ。
「か、桂小五郎の像なら、交差点の向かいのホテルにあるはずやけど。」
私が厄介払いするように早口でまくし立てると、その侍コスプレ男は
「かたじけない!!」
と言って、ダッシュで横断歩道を駆けていった。
「莉奈、お待たせ! なんなん? さっきの人。」
入れ違いに、友達の美緒が困惑したような表情で現れる。
次の瞬間、ホテルの方から
「うおおおおおお!!!!!桂小五郎じゃ!!!いたーーー!!本当にいたぞおおおおぉぉぉ!!!」
と叫び声が聞こえてきた。
「は、早く行こ行こっ!!」
私は足早にその場を離れた。これ以上変なコスプレ男と関わりたくなかったからだ。

それなのに。
「ワシは藤本龍馬じゃ!!よろしくな!!」
次の日、クラスの転校生として紹介されたのは、まさかの侍コスプレ男だった。しかも昨日と全く同じ着物姿で登校している。
「わ、昨日莉奈に話しかけてた人やん。」
美緒も驚きを隠せない様子だ。
彼の周りにはあっという間に人だかりができた。
「なぜ着物を着てるかって? ワシは幕末の志士に憧れとるんじゃ!!」
クラス中に彼の馬鹿でかい声が響き渡る。
「ワシと同じ名前の坂本龍馬について調べてるうちに、すっかり幕末にハマってしまってのお! 京都にはゆかりの地がたくさんあるじゃろ? どうしても京都で暮らしたくて転校してきたんじゃ!」
龍馬は豪快にガハハと笑った。
「……私、アイツあんまり好きやないわ。」
私は美緒だけに聞こえるように呟いた。
「なんなん? 昨日までクラスの一番人気は私やったのに…!!」
私がブスッとすると、美緒は
「まぁまぁ、イライラしてもしゃーないで。今日はみんなでカフェ行く日やろ? 放課後を楽しみに過ごそうや。」
と笑いながら宥めた。さすが親友、私の扱い方がよくわかってる。

けれども私の不機嫌は放課後も続いた。なぜなら、龍馬もカフェについてきたからだ。
「えー、いいじゃん。龍馬くんも連れて行こうよ〜。」
そんな友人たちの声に押し切られてしまったのが悔しい。
「なんじゃ、変わった建物じゃの。」
龍馬はキョロキョロと物珍しそうにしている。
「ここは昔、小学校だった建物をカフェに改装したんやで。」
全部で6人の大所帯だったが、奇跡的に席が空いていた。私は名物の珈琲パフェを注文した。
「ワシも同じのにする!」
龍馬が身を乗り出しながら言った。私はちょっぴりイラっとしたが、努めて平静を装った。
そうこうしているうちに、パフェが目の前に運ばれてくる。
「は〜、想像通りの映えパフェやわ!」
気を取り直して、私は左手でピースサインを作り、パフェと一緒に写真におさめた。
「何をしてるんじゃ?」
「SNSにアップするの。」

#珈琲パフェ
#クラスメイトと一緒
#ネイル新しくしたよ
……

撮りたての写真にタグをつけて送信ボタンを押す。
「さ、食べよ食べよ!」
「いっただきまーす!!」
ここからは食べながら雑談タイムだ。
「なんかさ、龍馬くん見てるとあれやな、タイムスリップしてきた侍がパフェ食べてるって感じやな。」
「ホンマやなぁ〜!」
みんなの話題は自然と龍馬のことになる。
当の龍馬は「京都にはこんなにうまいもんがあるんじゃなぁ!」といたく感動した様子で、おいしそうにパフェを頬張っている。
美緒もそんな龍馬の姿にすっかり気を許したようだった。
「なぁ、龍馬くんがパフェ食べてるとこ、写真に撮ってSNSにあげていい?」
と美緒が尋ねると、龍馬は
「えすえぬえす? よくわからんが、いいぞ。撮れ撮れ。」
と言って、快く写真を撮らせた。
龍馬がガハハ、と笑うと、みんなつられて笑顔になる。龍馬のオタクじみた幕末に関するウンチクも、みんな楽しんで聞いていた。
なんで? なんでこんな「映えない男」がチヤホヤされてるわけ? お店の雰囲気にも全然そぐわないし。
なんだか無性に悔しくなって、思わずギュッと拳を握った。整ったネイルの先っぽが押し付けられて、掌がじわりと痛むのを感じた。

「わ、なんかすごいことになってる!」
レジでの精算を待っているとき、スマホを手にした美緒が驚いて声を上げた。
「さっきアップしたパフェ食べてる龍馬くんの写真、めっちゃバズってるんやけど。」
思わず美緒のスマホの画面を覗き込むと、パフェの前で大きな口を開ける龍馬の写真に、大量の『いいね』とコメントがついていた。拡散される過程で外国人に非常にウケたらしく、コメント欄が英語で埋まっている。
私は急いで自分の投稿についた『いいね』とコメントの数を確認した。どちらもそこらの一般人より多い自負があったが、今回の龍馬の写真には到底及ばない数だった。
…惨めだ。
こんなの、惨めすぎる。
店を出て外を歩いていると、道行く人々が私達の方を見る。
みんな、私ではなく龍馬を見ている。
理解できない。どう見ても『映えてる』のは私の方なのに。それなのに、現実世界だけでなく、SNSの中でも注目を集めているのは龍馬の方だ。

その日はよく眠れないまま夜が過ぎていった。
翌日、ふらふらと登校すると、下駄箱のところで龍馬がクラスメイト達と談笑していた。
「遅かったのう、莉奈!」
長年の友人であるかのように、龍馬が私を下の名前で呼ぶ。相変わらずの着物姿だ。次の瞬間、龍馬はズズイッとこちらへ寄ってきて、私の両肩をガシッと掴んだ。
「なっ……」
「昨日の店、おぬしが選んだんじゃってな!?」
驚きの声をかき消す勢いで龍馬が話す。その目はキラキラと輝いていた。
「あんなうまいもん、初めて食べたわ! またどこかへ連れてってくれ!」
龍馬はそう言うと、幸せそうにニイっと笑った。
「そうそう、今ちょうど、今度みんなで霊山護国神社に行こうって話してたんじゃ! 幕末の志士たちが祀られてる場所じゃ。」
クラスメイト達は、呑気に微笑みながらこちらを見ている。
「よかったら莉奈も一緒に……」
「……ふざけんといてよ。」
私はわなわなと震えながら声を絞り出した。
「あんたなんかと行くわけないやん! なんであんたばっかりチヤホヤされるん? 私の方が何倍も……何倍も努力してんのに!!」
クラスメイト達が凍り付き、その場の空気が変わるのがわかった。龍馬はというと、明らかに困惑した表情を浮かべている。
私はいたたまれなくなってその場を離れ、教室の机に突っ伏した。

放課後、私は美緒と二人きりで、昨日とは別のカフェにいた。店内は青い照明で満たされており、海の中を彷彿とさせる空間だった。
運ばれてきたカラフルなゼリーポンチを機械的に写真におさめる。パシャ、というシャッター音が無機質に響いた。
「……莉奈、今日は全然楽しそうじゃないやん。いつも写真撮るときは、めっちゃテンション上がってるのに…。」
「別に…。」
そう答えながら、無心で指を動かしてタグを入力する。
「莉奈、ごめんな。昨日、私の投稿がバズったこと、怒ってるんやろ…?」
美緒が申し訳なさそうに呟いた。
「……美緒がバズったから怒ってるんやないよ。」
私はそっとスマホを置いた。
「アイツが……、龍馬がバズったってことが気に食わへんの。あんなふざけた奴がっ……。どうして……。」
脳裏に今朝の龍馬が見せた、濁りのない太陽のような笑顔がよぎる。また自分の拳に力が入るのを感じた。
「……莉奈。」
美緒は私を真っ直ぐ見つめた。
「私、わかってるで。莉奈が『映える』ためにどれだけ努力してきたか。自分の外見だけやなく、写真のことだって構図とか光の仕組みとか、めっちゃ勉強してんのとかさ、ずっと見てきたもん。」
美緒の真剣な目が、青い光に照らされている。
「私がなんで莉奈のSNSが好きか知ってる?」
私が静かに首を横に振ると、美緒は
「莉奈の投稿な、キラキラ輝いて見えるねん。」
と言って笑顔になった。
「被写体がいいだけやないで。莉奈の『映える』ものが大好きな気持ちが、ストレートに伝わってくるねん。『映え』への愛が、写真から溢れ出してんねん。それがすっごい魅力的やねん。」
莉奈の口調がだんだん熱を帯びてくる。まさかこんな風に思ってくれていたなんて。自分の頬がじんわりと紅潮するのがわかった。
「…私な、龍馬くんって、莉奈にちょっと似てると思う。」
「え…?」
「龍馬くんも莉奈と同じでさ、自分の好きなものに対して一生懸命やろ? 人の目も全然気にしないくらいにさ。だからみんな、そんな龍馬くんの姿に惹かれるんやね。」
「……。」
美緒にそう言われると、妙に納得する気持ちになった。今まで心のどこかで否定しようとしていたけれど、確かに彼には人を惹きつけるような、不思議で人間的な魅力があった。テーブルの上のゼリーポンチに視線を落とすと、赤や黄色のゼリーを炭酸の小さな泡が優しく包み込んでいた。
その時、机上のスマホが着信でブルブルと震えた。
「莉奈!? いまどこにいるん!??」
店の外で電話に出ると、クラスメイトの焦った声が聞こえてきた。
「なんかあったん?」
「実は龍馬くんが、今朝のこと気にしてて…。さっき、莉奈に謝りたいって突然走って行ったんや。でも龍馬くん、スマホ持ってないみたいやし、どこにいるんかわからんくて…。」
電話が切れた後、私は急いでSNSの検索窓に思いつく単語を入れてみた。すると、

『なんかいま、侍が烏丸通を全力ダッシュしてたんだけど』
『サムライ速すぎて草ww』
『謎の武士がなんか叫びながら爆走してる件』

出るわ出るわ、龍馬の目撃情報。どうやら烏丸通を北上しているらしい。私は美緒に後のことを頼んで、脇目もふらずに駆け出した。

烏丸北大路の交差点。侍が髪を振り乱しながら、全力でこちらに駆けてくる。
「莉奈ーー!! どこじゃー!! 莉奈ーーー!!!」
人目も憚らず私の名前を呼んでいる。
「龍馬!!!」
私も負けじと大声で叫んだ。
「…莉奈!」
龍馬は私を見つけた瞬間、その場にバタリと倒れ込む。
「ちょっと、大丈夫!?」
私は慌てて龍馬に駆け寄った。地下鉄を使って先回りして正解だった。それにしても、まさか本当に私を探しながら全力疾走してるとは。
「ほんと、あんたって奴は…! 無茶苦茶すぎるわ!」
不思議と嫌悪感は消えていた。それどころか、龍馬に奇妙な親近感が湧いてくる。フフッという笑い声が口から洩れた。
道行く人たちの視線を感じる。でも、龍馬と私のどちらを見ているのかはもはや気にならなかった。
「莉奈、ほんとうにすまな…」
「ううん、謝らなあかんのは私の方。」
私は龍馬の言葉を遮って言った。
「…突然やけど、私の趣味、キラキラしたものを写真に撮ることやねん。」
龍馬はキョトンとしてこちらを見ている。
「観念して認めるわ。龍馬がすごく『キラキラした奴』だってこと。」
私はスマホを取り出し、ニコッと笑う。
「だから龍馬、私と一緒に写真撮ってくれへん? SNSに載せたいねん。」
「……ええよ!!」
えいやっと起き上がった龍馬も、ニカッと笑った。
「はい、チーズ!!」
青空の下、シャッター音が爽やかに響き渡った。