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見合いの先で、熊を食う

母が毎週、楽しみにしているテレビ番組『クレイジージャーニー』
人と少しズレた感性を大切に生活している人達の仕事や日常を、チラッと1時間の番組で紹介してくれる。
大好きな呪物収集家の田中俊行さんの回を見てから母と一緒に私もハマっている。

私はクレイジーな人が大好きだ。
かと言って、鍋を叩いて隣人に罵詈雑言を浴びせたり、目隠しでムチに打たれることを快楽の極みとする人とは相入れない。
でも、なんでその行動に至ったのか?どの辺りに快楽を感じるのか?は気にはなる。

関わりたくはないけど、ちょっと脳内にはお邪魔したい。

そんな私の探究心を大いに刺激しまくり、惜しまれながらの大円団で幕を閉じた漫画、「ゴールデンカムイ」
漫画の内容はあちこちで書かれているので割愛するが、私がこの話に惹かれた理由は2つ。
・愛しい変態しか出てこない
・食べるものが美味しそう

歴史的背景や、アイヌ民族、戦争など、落ち着いて読めばかなり真面目な歴史漫画だが、登場人物がクレイジー、エピソードもクレイジー、食べ物もクレイジー。
でもきっと、そもそも人は皆な心にクレイジーを抱えていて、自分はそうじゃないと思いながら、人のクレイジー物語を見聞きしたがるものだと思う。

見合えないのに見合いをしたら、向かう矛先が同じになった

母のお知り合いの伝手で、私は人生最後の見合いに北海道まで赴いた。
かなり前のめりで婚活をしたし、年齢の数だけ出会うほどに恋愛経験も豊富な方だが、もう色々無理だった。

ここまでやって、縁が巡らないのなら、もうやめようと思い切り遠くで見合いをした。

お相手は土地で名のある方のご子息でなので色々と伏せる。

釣書を交わし、相手のお母さんと連絡をとった。
だが、見合い話は進んでも、当の本人である息子と全く連絡させてもらえない。

大阪に住んでいる私が北海道まで、顔も知らない、話した事もない息子に求愛しにいくみたいな感じで話はどんどんと進んだ。
例えるなら、かぐや姫に求婚しにいく帝。

家柄等を考えるとそうなるのかしら?と思いながら、航空券やらホテルの手配を勧めた。
相手のお母さんはまめまめしい人で、逐一連絡をくれ「不安はないか?」「体調はどうだ?」とすでに娘のように可愛がった連絡をくれる。
だが、肝心の息子はダンマリで、LINEすら知らない。

見合いの前々日にやっと息子さんと連絡が取れ、話していると「実は見合いは親が勝手に進めたことで、自分は今日まで蚊帳の外だった」と言う。
早く孫が欲しい母親が息子にバレて断られないよう工作していた事が判明。
ちなみに前科3犯らしい。

息子はやりがいのある仕事に就いたところで、給料もそこまでないので、家庭を持つのは今ではない。
見合いをする気はないと素直に私に伝えた。

私はその誠実さに好感を持ち、納得した。
無論、恋愛ではなく相手の心意気に惚れた、自分の心の“漢“の部分の震えだ。
だが、私は明後日には札幌に向かう段取りを終えている。

そこで私達は小さな悪巧みをした。

「私、ゴールデンカムイに今ハマってるんで聖地巡礼したいんですけどお付き合い願えますか?」
「いいですよ」

息はピッタリだった。

偽装見合いと聖地巡礼

札幌空港で合流し、息子さんの車に乗り込む。
夜にご両親と会食があるが、それだけ乗り切ろう!と誓いを立てた。

見合いじゃない!となると、気も楽なもんだ。

そんな2人だからこそ上手くいくんじゃない?と、後に話を聞いた人達は「またこいつ獲物逃したよ」と呆れた声をあげるが、そんな2人だからこそ恋愛には至らない。

男女の間に友情は存在するか?
私はある派だ。
恋愛が下手なのではなく、平等に友達付き合いが出来るので、そこに至り難い人はたくさんいる。
斯く言う私もその口だからだ。

「時間を考えるとここが限界なんですよ」
いえいえ、もう充分です!

11月の半ば、前日までの雪がやんだ晴天の下、私は『北海道開拓の村』に降り立った!

吸い込む空気が冷たく澄んでいる。
湿度が本州と全然違うんだなぁ、と吸い込んだ空気を鼻の奥で感じた。

ここは作者の野田サトル先生が、漫画を描くためのスケッチに来ていた場所で、明治から昭和初期にかけて建築された建造物が建ち並ぶ野外博物館。
ゴールデンカムイの時代背景にピッタリな上、漫画のシーンとして完璧に模写された風景に、オタクは涎を垂らさずにはいられない🤤

息子さんは、簡単に言うと熊みたいに大きな体の人で、ずっと柔道をしていた。
獣医師免許を持っていて動物の生態にも詳しく、北海道の歴史にも詳しい。

「ぼくは読んでいないので、上手くガイドは出来ないけれど、歴史や動植物についてはなんでも聞いてください」

申し訳なさそうに後ろ頭を掻いて頭を下げてくれたが、私にとっては最高のガイドだった。

マネキンがリアルすぎる理髪店のアレ
建物の配色が可愛い
土方さんが毒飲んだ蚕のアレ
アレ?ちょっと忘れたけど、建物は使われていたコレ
鶴見中尉殿の過去編のアレ

2時間かけて私達はあちこちを巡った。
息子さんは歴史的観点から攻め、私はそれにゴールデンカムイを擦り合わせる。多分、私達2人一組でガイドをしたら、漫画のオタクにとって最高のおもてなしが出来る世界線だったと思う。

1番胸が熱くなり、サンっと寒気になったシーンのアレ
下はアザラシ🦭
かかっているのはヒグマの毛皮
皆んな大好き辺見ちゃんのアレ
辺見ちゃん好きはランドセルより馴染みのあるモッコ
啄木さんのシーンのアレ

ボランティアガイドのおじいちゃんと大はしゃぎして、モッコを背負ったり、ヒグマの毛皮のチャンチャンコをこっそり着たり。
まずいお茶を飲まされたり、サルノコシカケを発見して売ろうか?と画策したり。
息子先生による本州のカラスと、北海道のカラスの違い教室で脳の皺を増やしたりと、かなり学びのある時間だった。

ご両親(特にお母様)には大変な無礼をしたし、期待もさせて申し訳なかったと今でも反省している。
ただ、重きを置いているところが「息子の幸せな結婚」より「孫」だったことが会食で分かり、私は夢から覚めるようにそこから去った。
お家柄を考えても跡取りは欲しいだろう、その気持ちは何となく理解できる。

私の体の事情を察していた息子さんが間に入ってくれ、全ては白紙になった。

熊食う人も好き好き

「クマ撃ち始めたんですよ」
空港に向かう車の中で息子さんが話してくれた。
「自分も親父も獣医師で、命を救う仕事を担っているのに、俺は殺すのです。
理解してもらえないと思っていたけど、親父はこう言ってくれました」

息子さんの声は、北海道の空気みたいに冷たく澄んでいた。

「殺してもいい、それが必要な時もある。でも、自分で殺した命には、責任を持って向き合いなさい」
親子でこんな話ができる関係性が素敵だなぁ、と感じた。

「だからぼくは、撃ったクマを食べてます。
ヒグマの肉は匂いもキツイし、食べれたもんじゃないけど、慣れると脂が多くてうまいんです。どうにか美味しく葬ってあげれないか、日々奮闘してます」

大阪に帰ってしばらくしたら、息子さんからヒグマの燻製が届いた。
ローズマリーなんかの臭みとりのハーブ塩で塩漬けにし、燻製にした丁寧なもので、小熊のリブの部分だった。

カント オロワ ヤク サク ノ アランケプ シネプ カ イサム
天から役目なしに降ろされた物はひとつもない

そのまま炙って食ってみたが、う〜ん、くさぁ〜い。

熊は雑食だし、最近の熊たちは人間と同じようなものを食べるしな。
肉は獣臭が強く、脂は甘味もあるがこちらはもっと不可思議な臭さがあった。
焼き魚の皮や、血合の茶色い部分を食うか食わないか?それの倍くらい人を分ける食べ物だと思う。

でも、味わい深くはある。

ここまで処理した小熊なのにもう臭いなんて、クレイジーな生き物だな。でも、クマ達をそうさせているのは人のせいでもある。

私も責任を持って、小熊を食べた。

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