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新しいスニーカーの写真に写ったこれは・・・

スニーカーを買った。
防水スプレーをしようと改めて見たら、随分と若い頃から趣味が変わったな?と思ったのでそれを書こうとシャッターを切った。
でも写り込んだ自分の親指を二度見して、続きを書く気が一瞬で削ぎ落とされ、私は街に出た

当て所なく歩き続け、大きい児童公園のグラウンドにたどり着くと、満開の桜の下の腰を下ろす。
少しひんやりとしたベンチに落ち着くと、やっと少し顔を上げる事ができた。
冬を過ぎて暖かくなった風が、一際強く花びらを散らすと、遊具で遊んでいた子供達が「わっ」と声を上げこちらにかけてくる。
みな一様に手のひらを上に向け「親方、空から女の子が!」のポーズで花びらを追う。
それを笑う、私の前を歩く夫婦の会話が黄色い声の隙間から聞こえてくる。
「綺麗やなぁ」
「本当、さくら貝みたいやね」
「お前のアホみたいに高い爪みたいやな」
「あんたの稼ぎがこの花びらくらいあったらな」

揺れるスカートからちらりと見えた奥さんの爪は、さくら貝のように薄いピンクで艶々としていた。


爪を切ることから逃げる人生だ。

私は爪を切る事が嫌いだ。
綺麗にキラキラのネイルをしている人を尊敬する。
ただ爪を切っているだけで尊敬出来る。
昭和のドラマで、お父さんが広げた新聞の上で爪を切っているシーンを見るだけで称賛の声が漏れる。

だからと言って伸びっぱなしの爪は汚いし、薄いから割れやすく二枚爪になるから嫌だ。
切りたいねん、爪。でも面倒やねん。
切り出したらすぐそうでもなくなる事も、5分もあれば済む事もちゃんと分かってるのにしんどい。
渋々切り出してもおざなりにやってしまい、仕上がりは不恰好。引っ掛けないようにヤスリをささっとかけて終了。
そのせいで、私の伸びかけの爪はリアス式海岸みたいに波打っている。

もう伸びなきゃいいのに。


公園を出て歩いていると、いつも心はプロブァンスで有名なフランスのスキンケアブランド「ロクシタン」の前に辿り着く。
ちょうどいい。
可愛いハンドクリームで気持ちを切り替えようと立ち寄った。
テスターを眺めて、一番好きなバーベナの香りを手に取ると「ネイルオイルもつけていきませんか?」
すかさずスタッフが声をかける。
「サンダルで足を出す時期に入りますし、足の爪のケアにもいいですよ」
「足の爪か」
「手より足の爪の方が伸びるの遅く感じませんか?」

確かに足の爪の方が遅い。
嫌な爪きりを一気に終わらせてしまいたいのに、思ったより足の爪が伸びていなくて後日切る羽目になってイライラした事もある。
そうか・・・伸びるのが遅いと切る回数を減らせるかもしれない。

「犬を動物病院に連れて行った時に「よく散歩しているから爪切りしなくても大丈夫ね」って看護師さんが言ったんですよ。
足の爪が手より伸びるのが遅いのは、私がよく歩いてるからですか?」

私の突然の犬発言に驚く事もなく、スタッフは淡々と質問に答えてくれた。

「それは、アスファルトで擦れて爪が研がれていたのだと思います。
足の爪はケアを忘れやすいので、オイルをつけると栄養状態が良くなり伸びやすくなりますから、お勧めしたくて・・・」

後半の接客は記憶にない。
私はその「犬理論」が成立すれば四足歩行も視野に入れたい程に爪を切りたくなかった。
伸びる方向じゃないんだ。

ありがとう、さようなら。
今日は、それじゃなかった。でも君の揺るぎない接客、嫌いじゃないぜ。


ネイルサロンの前を通りちょっとだけ考える。
お金に余裕があれば、あの公園の夫婦のようにサロンに任せてしまう手もある。でも、そこにお金を出すなら本の一冊でも買いたいのが本の虫。

そういえば、バスケの強豪のチームになるとネイリストがチームにいて、好きなタイミングでケアを受けれるんだよな。
足の爪の間に汚れが有るか無いかだけでもパフォーマンスが変わるらしい。どこ調べかはわからんが、YouTubeで見たネイリストが言っていた。

職場にネイリストか。
いいな。ケアを受けるだけなら全然爪きり嫌じゃないもん。

バスケやっときゃ良かった。

私に宇宙からのすっごいパワーが降り注いで、身長2メートル級の日本人ビックマンになる。
『バスケセンスがボールを持ってきた!』と日本中大騒ぎで強豪チームに入団し、プロバスケット選手になった。

世界中のチームが私を引き入れようと狙っている。バスケキッズが人口の半分になる程のセンセーション。この後レブロンジェームスとお茶会だってある。

パリ五輪に向けての意気込みを、世界中のメディアの前で会見することになった。
記者に混ざり、1人の選ばれしキッズが大人に促されておずおずと登壇すると、辺りは優しい拍手に包まれ、静かになった。
彼は手汗でくしゃくしゃになった紙を何度も確認し、私がコートの中を蝶のように舞い、蜂のようにシュートを打つ姿に目を奪われ、それをきっかけにバスケット始めたことを、熱のこもった声を詰まらせながら読み上げた。
そして最後に、興奮で上擦った声で質問を投げかける。

「バスケット選手を目指そうと思ったきっかけは何ですか?」

「爪を切るのが嫌いだったので」

ないないないない、さすがに、ない。

何にも伝わらない。
実在しない妄想の中の少年よ、今のはさすがにごめん


帰宅後、見逃し配信で「琉球ゴールデンキングスvs名古屋ダイヤモンドドルフィンズ」の試合を見た。
オーバータイムに縺れ込んだ大接戦だったが、決め手は私の推しである須田選手の3ポイントが決定打だった。

彼は豪快なダンクや、トリッキーなジャンパー(中間距離からジャンプして打つショット)よりも、遠くから決める3ポイントがカッコいい!と思ってバスケを始め、自分のカッコいい!を極めていたら日本代表になっていた純朴な道産子。

筋肉を愛し、筋肉に愛された日本人Bリーガー屈指の美しい筋肉とシュートフォームの持ち主。

そんな彼の弱点は、トップ(真正面)からの3ポイントシュート。
それをYouTubeでもいじられて自身でも笑っていた。

つい1週間ほど前に、試合後1人黙々とトップからのシュート練習をしている彼の姿がXで流れてきた。

「やりたくない時に、いかに自分をおせるか」

筋トレをしながらも言っていた、彼の金言。

緊迫する試合の途中、彼は苦手なトップからの3ポイントを沈めた。
ジャガーのような鋭い動きに迷いはなく、フォロースルーの真っ直ぐに伸びた中指の爪の先まで凛として、美しかった。
それは実況が特に取り上げる事もない、打って当たり前のショットだったが、私は唸った。


切りたくない時に、いかに自分をおせるか。

ありがとう、侑太郎さん。

私、爪切るよ。



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