儚い夢が消えた後

僕は今、安田の墓の前にいて、ゆっくりと手を合わせている。僕は目を閉じて、彼が安らかに眠っていることを心から願った。彼が死んでちょうど1年。今でも僕はその現実を信じることができず、僕の頭は絡まった糸のように、ぐちゃぐちゃになったままでいる。

安田が死んだという連絡を聞いたとき、あまりにも急な出来事だったため状況がうまく掴めなかったことを覚えている。僕たちは同じ高校、同じバスケ部ということで、とても仲が良かった。高校では常に一緒に行動していたといっても過言ではない。

安田はその日、駅から家に向かって自転車に乗って帰っていたという。見通しの良い片側2車線の道路で、安田はトラック運転手の居眠り運転に巻き込まれた。即死だったという。4トントラックがまともにぶつかってくれば、それはひとたまりもないだろう。安田の命を一瞬で奪ったトラック運転手を僕は呪った。なぜよりによって安田が死ななければならないのか?僕はどうしてもそこに理由を求めてしまった。東京の大学に一緒に行き、大学でも一緒にバスケットをやろうという僕たちの蛍の光のような儚い夢は、一瞬で消えてなくなった。

「大学、受かったぜ。」

安田の墓を目の前にして僕は心の中で言った。一緒にバスケ、やりたかったけどな。悔しさに涙がこぼれる。安田も大学でいろいろやりたかったよな。安田の思いを思うと、僕は嗚咽が止まらなくなり、墓の前でしゃがみ込んでしまった。

ひとしきり泣きはらすと、僕は安田の眠る墓を後にした。東京の大学進学のための引っ越しは明日だ。最後の確認作業を進めないといけない。気持ちに整理がつかないまま、僕は自宅に向かう。

何事もなかったかのように「ただいま」といって家に帰ると、泣いていたことを悟られないように、すぐに自分の部屋に引きこもった。母親が夕飯できてるから食べれば、ドア越しに言ってきたが、引っ越しの準備をするから後で食べるといってどうにかごまかした。

家具などは新調するため、正直に言って今の家から持っていくものは少なく、財布などの貴重品と衣類くらいだった。あらかじめ用意した段ボールに衣類を詰め込む。貴重品については、自分で持ち運べるようにリュックサックに入っていることを再度確認した。最後に、他に持っていく必要のあるものがないか、一通り自分の部屋のものを見てまわっているときだった。そこで僕は、自分の机の一番下の引き出しにミサンガががあることに気づいたのだ。

赤、青、黄色の三本の縞で構成されたそのミサンガは、安田がつけているものとおそろいで、僕の誕生日に安田がくれたのものだった。お世辞にもおしゃれとは言えないこのミサンガをつけることが、僕にとっては恥ずかしく、こんなダサいのつけられるかよ、と言って身につけることを断ったのだった。このときの安田の困ったような顔が、今になってありありと思い出される。

捨てるに捨てられず、長い間机の引き出しで眠っていたミサンガ。こんなことになるなら、最初からつけておけばよかったよ。おもむろに僕の左腕にミサンガをつける。悪趣味な原色を使って作られたそのミサンガは、モノトーンが中心の僕の服装とは全く調和せずに、ひときわ悪目立ちした。

「やっぱりダセえよ、安田。ふざけんなよ。勝手に死にやがってよ。」

僕は笑いたいのか泣きたいのかさっぱりわからないまま、再び大粒の涙を流し、その場にうずくまったのだった。

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