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お茶と京都の友人

とある夏の日。
京都からお茶が届いた。

一保堂さんの女将さんが私の出身大学の大先輩ということを知って、京都の友人が一保堂さんのお茶を送ってくれたのだ。

あまり高尚な舌を持っていない私ではあるが、一保堂さんのお茶は本当に深みがあり美味しくて、これが日本茶というものなのだと教えてくれる。

大学で国文学を専攻したのは日本の歴史や文化を真剣に学びたかったからで、そこで初めてお茶や華道、香道を嗜んだ。その時、濃茶の味の違いがわからず落ち込む私に、「学びたいと思う気持ちがあれば大丈夫。それに、もっと年齢を重ねたらわかる味もありますよ」と励ましてくれた講師の女性の言葉が、今はとてもよくわかる。私も三十半ばになり、ついに日本茶の良さがわかる年齢になったようだ。高尚でない私の舌も味の経験を積むことによって少しは磨かれたらしい。

『どうやった? 今回のお茶、美味かったやろ』
「とっても!」
『ほうじ茶送りたかったけど、eveはほうじ茶苦手やからもったいないなぁ。今年の味はうちの好みのツボやのに、eveは緑茶ばっかり。おまけに何故か、その緑茶も宇治清水が出てきたら負けるっちゅう・・・』
「だって甘くて美味しいから。子供の頃から惚れ込んでるのよ宇治清水に」
『eveがあんまりにうるさいからなぁ、うちも何故か宇治清水ばかり飲んでしもたわ』

一保堂さんの宇治清水は、毒舌でもグルメでも有名だった私の大伯母が夏になると身内のちびっ子達に400gの大袋で大量に送ってくれていた甘いお茶だ。小学生の頃、この宇治清水を牛乳割りにして飲んでいたが、「これは何て美味しい飲み物なのだろう」と子供ながらに思っていたことを今でも思い出す。故に、どんなグリーンティを飲んでも、脳裏に浮かぶのは麗しの宇治清水。

『宇治清水のようなお砂糖入りのお茶を、関東に住んでる子供達が喜んで飲んで、「こういう老舗が京都にあるんやなぁ」って知ってくれるっちゅうのも嬉しいなぁ。京都は古い街やけど、伝統を残して生きている訳やから、若い世代にその良さをわかってもらえるととても嬉しいわ』
「建物も文化も何もかもが歴史の街だものね」

建築を学んでいた頃、「古い建物を何故世界遺産に指定して保存するのか。税金の無駄遣い、汚いだけだ」と言っていた生徒がいた。教師陣は彼のその考えを否定も肯定もせず、「年をとった後にそれがわかってくる」と答えていたのがとても印象的だった。その時私は、大学生の時にお茶の講師から言われた「もっと年齢を重ねたらわかる味もありますよ」という言葉を思い出していた。

デジタル化が進みアナログ的なものは隅に追いやられてしまっているところもある。近代的で頑丈な建物が増えてくれば、古い建物に対して、件の彼の言うような考えもこれからの時代は沢山出てくるかもしれない。でも、私達人間が積み重ねてきた歴史という財産を忘れないでいること、その国々、土地の伝統や文化を守ることも大切なお役目なのだと思うようになったのは、やはり年を取ったからなのか。

『この後ママさんとお茶するんやろ?』
「お茶するよ。休憩大好きな母のためにね」
『強烈な皮肉やなぁ』

仕事もひと段落しているし、食器を洗ってから、お茶の準備をしよう。
頭の中には豆乳に絡めた濃厚な宇治清水が浮かんでいた。

《終》




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