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「続・差別の向こう側ー青春と下心ー」アフリカ大陸縦断の旅〜エチオピア編⑨〜

 2018年8月25日、カイヤファールに移動するため、乗り込んだバスの車内。とある乗客からピーナツと植物を渡され、たくさんのエチオピア人の前で、完全に見世物となった私たち。おそらくは差別であろうこの状況。私たちを見て、高笑いする乗客たち。その圧力に屈した私は、無意識に植物をむしゃむしゃ頬張っていました。ピーナツを食べると見せかけて、夢中で謎の植物を平らげる私。そして、車内に巻き起こる大爆笑の渦。そうです、日本人のモノボケがエチオピアン差別に打ち勝った瞬間です。この植物はチャットと呼ばれ、覚醒作用が含まれており、体に悪影響をもたらす、という事実を除けば、この一件は私たちの勝利で幕を下ろしました。

 その後、見世物としての観光客から、ただの1乗客としての存在に変わっていた私たち。日本人をコケにしたことへの反省か、不覚にも笑ってしまった悔しさか、この空気が通常か。いずれにしても、私たちとエチオピア人乗客の間に、深い溝ができてしまったのでした。そんな中で、私に近寄ってきた1人の女性。彼女は私に汚い1枚の紙切れを渡しました。開くと何かの番号のような、数字の羅列。ぽかんとする私に、彼女は小声で言いました。

「 I Love You 、、、


「(え、、?ん、、?)」

 お互いの拙い英語から、聞き間違えかと思った私は、通訳を求めてガイドのジョンに目をやりました。すると、彼はこちらを見てニヤけるだけ。

「(ちょっと待ってくれ、誰か、、。)」

 慌てて辺りをキョロキョロする私。その間に彼女は席へと戻り、友人らしき女性に何やら耳打ちをしている様子。そして、その友人女性が他の乗客に聞こえる声で、何かを発言しました。その瞬間、一変する車内の空気。拍手、指笛、笑い声。祝福の時にしか聞こえないであろう音とその空気が、車内を覆いました。

「(この感じは、本物のあれか?いや、そんなはずは。また見世物にする気か?色気づきやがって、このイエローモンキーが!とか言って植物投げられるんちゃうか。それでも、ちょっと嬉しいけど。。どっちやろう、、。)」

 ハニートラップ差別、一目惚れの告白。どちらに転んでも嬉しさが含まれるこの状況。先ほどのピーナツと植物の一件で巻き起こった爆笑が色濃く残っていた私は、ハニートラップであってくれ、という差別への下心さえもありました。

 そんなことを考えていた私をよそに、車内は未だに祝福ムード。私に告白してきた彼女は友人から、もう1度あの日本人のところへ行きなさい、と説得されているようでした。

「(来い来い!さあ、どっちや!)」

 もはや帰国してからのエピソード下心丸出しの私。そして、友人に背中を押されたであろう彼女は、周囲の盛り上がりとともに、恥ずかしそうに私の元にやってきました。

 改めて見ると、端正な顔立ちの彼女。大きな目に、丸い顔。パーマのかかった長い髪。

「(綺麗な人やなぁ。さすが美人の多い国、エチオピア。)」

 と、少し見とれていた私。

「さっきの紙には私の電話番号が書いてあるの。絶対に後で電話してきて欲しい。このバスに乗った時から、あなたのことが好きでした。」

「降りるまで隣に座っていてくれませんか?」

 そう言って、照れながら下を向く彼女。先にも増して、盛り上がりを見せる車内。

「(どうするのが正解やろう。この空気、、無言で終わらすことはできへん。)」

 告白の裏に潜んでいる差別に期待を寄せつつ、とりあえず何か言わないとと焦った私。

「ありがとう。嬉しいです。また電話するね。」

 とりあえず適当な言葉を並べてしまった私。Wi-Fiが繋がることがない限り、携帯は使用不可。まして、国際電話なんていくらかかるか分からない。美人とはいえ、こんな条件では電話をかけられるはずもありません。

「えーっと、一緒に座りますか?」

 電話できないことを知っていた私は、少し申し訳ない気持ちから、彼女の友人が気遣って空けてくれていた席に、2人で座ることになりました。

 言語の壁を盾に、気まずい雰囲気を紛らわせて、ただぼーっと2人で景色を眺めていました。

 特に何も起こらない車内。

「(あぁ、本物の告白やったんか。申し訳ないな。)」

 差別が起きてくれなければ、はしたない自分の気持ちと辻褄を合わせることができない。ここまでトラブルを祈ったことはありませんでした。

「もうすぐバスを降りないと。その前に、何か思い出になるものが欲しい。」

 立ち上がった彼女は、悲しそうな顔で私にそう言いました。

「(お土産になるようなものか。バックパック置いてきてるし、何も持ってないな。でも何か渡したい。)」

 私は咄嗟に首に巻いていたタオルを彼女に渡しました。”第七中学校区地域会議”と書かれたそのタオル。

 受け取った彼女は、その文字の意味を聞くこともなく、笑顔でありがとうと言って、友人とバスを降りていきました。

「(こんな美人で純粋な人を、ハニートラップ差別があるなどと疑ってしまった。何ならその方が面白いとさえ思ってしまった。申し訳なさ過ぎる。しかも、漢字書いてたら喜んでくれるとかいう、安易な理由でタオルを渡してしまった。最低や。)」

 何かもっと伝えることがあるはずだと思っていた私でしたが、バナナ畑に友人と楽しそうに帰っていく彼女を、追いかける勇気はありませんでした。


 ピーナツと覚醒植物を手に体を張って、エチオピア人の笑いを誘い、差別に打ち勝ったように見えた私たち。

 しかし、それは彼女に疑いの目を向けさせ、雑な対応を促し、エピソード下心丸出しの人間を創り上げました。


 差別とは、それを自虐的に捉えることができたとしても、気付かぬうちに周囲に誤った視線を向け、精神的悪影響をもたらすのです。


 そして、差別に完敗したという事実を突き付けられた私は、無力にも、窓の外に遠ざかるバナナ畑を眺めることしかできませんでした。


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