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月の科学(海)

天体としての『月』は太陽系の他の衛星と比べると、ありふれたものかもしれません。
そんな『月』について、少し掘り下げてみましょう。

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』の note で取り上げましたが、今回は『月の海』についてです。

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月を見上げると、白く光る部分と、黒っぽく光る部分があることがわかると思います。
この黒っぽく光る部分を『月の海』と呼びます(対する白っぽい部分を『月の陸(高地)』と呼びます)

なぜ『海』なのか?

月を『海』、ラテン語で“mare”と初めに命名したのは、ドイツの天文学者ヨハネス・ケプラーです。
天体望遠鏡で月を観察していたケプラーは、月の黒っぽい部分を水をたたえた海であると考えました。

当時の望遠鏡は性能が低く、肉眼観測がメインであり、凹凸がなく、平に見えたので、地球と同じように陸と海があると考えたのは当然かもしれませんね。

さて、この『海』ですが、「嵐の大洋」とか「静かの海」とか「晴れの海」と言った気象にかんけいする名前が多くつけられています。

なぜ『気象』なのか?

1651年にイタリアの天文学者ジョヴァンニ・リッチョーリと同じくイタリアの物理学者フランチェスコ・グリマルディは、独自の命名を行った月面図を発表しました。
彼らは月面の暗い平原に対してケプラーに倣い、その大きさや形状に従ってoceanus(大洋)、mare(海)、lacus(湖)、palus(沼)、sinus(入江)といった水に関係する地名を付けました。
そして海には主に気象に関する言葉を冠した名前を付けたのです。これは当時、月が地球の気象に影響を与えているという考えがあったためと言われています。

なぜ『海』はあるのか?

肉眼で見てもはっきりとわかるほど違いがわかる月の海と陸ですが、この違いはなぜあるのでしょうか?
ヒントになるのがクレーターです。
陸にはクレーターがたくさんありますが、海には少ないです。
これは、海が陸よりも新しいことを示しています。
(クレーターだらけの月を後から覆ったので、海にはクレーターが少ないというわけです)

月は常に同じ面を地球に向けているので、地球からは反対側が見えません。
1959年、ソビエト連邦(当時)の月探査機ルナ3号が初めて観測した月の裏側に『海』はほとんどありませんでした
(発見された海は「モスクワの海」と名付けられました)

この事実が月の研究を加速させ、アポロ計画によって月の石が手に入り、研究された結果、今では以下のように考えられています。

月にクレーターが多く作られた41億年前から38億年ほど前の微惑星の大量衝突(後期重爆撃期)が終わり、クレーターの形成が落ち着いた頃、月の内部では放射性元素の崩壊熱の蓄積により岩石が溶け始め、マグマが形成されました。
(月はその誕生後、小さかったためすぐに冷えて固まったため、マグマ形成されなかったと考えられています)

ところが月は質量が小さいため、岩石全てが溶けるほどの熱が蓄積されず、溶けやすい玄武岩質だけが溶けました。
この溶けたマグマは地球の引力に引っ張られクレーターのそこから噴出し、クレーターを埋めて平原に変えました。
この頃にはクレーターの原因となる微惑星の衝突がほとんどなくなっていたため、作られた平原(=海)にはクレーターが少ないのです。

また、海を作った岩石が玄武岩質であるため、海は黒っぽくなっているのです。

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