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生死をかけた道のりを共に歩んだからこその友情『シェルパの友だちに会いに行く』

2020年から世界中に広まった新型コロナウイルスは、今までの私たちの生活を一変させてしまった。今ではコロナと共生していく生活に慣れつつあるが、人は基本的に身の回りにあることしか感じられないし、考えられない。

コロナ禍で生活が一変してしまったのは、日本人だけではない。世界中の人々も同じである。

ネパールのシェルパたちは、世界中からヒマラヤ登山にやってくる人々のガイドをすることで生計を立てている。しかし、2020年はネパール政府がそれを禁じた。新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐためだ。シェルパたちの収入はガイドによるものがほとんどで、彼らは苦しい生活を強いられることになってしまった。

寄付金を友人のシェルパに届ける旅へ

SNSを通じ、写真家の石川直樹氏にシェルパたちからSOSが届く。そこで石川氏は、写真集『SHERPA』の売上を寄付金として、シェルパたちに直接届けに行くことを決めた。同行者は、『SHERPA』の編集者・辻村さん、映像ディレクターの亀川さん、トレイルランナー・編集者の福島 舞さん。

かくして、2021年4月、2週間にわたるエベレスト街道の旅がはじまった。

スタート地点のカトマンズで標高1400m。その後、標高2000m台、3000m代を歩き続け、最終のハイキャンプは標高5300m。日本で最も高い富士山の標高は3776mからすると、この旅の過酷さが少しはイメージできるだろうか。私もアメリカのコロラド集で標高4500mほどの山を登ったが、その苦しさは過去に想像以上のものだった。ゆっくり登っているだけなのに、尋常でなく心拍が上がり、汗をかき、苦しくてたまらない。全力ダッシュで走っているような苦しさ。酸素が薄いということは、想像以上に過酷な環境なのだ。

旅の途中、映像ディレクターの亀川さんは、重度の高山病にかかり、部屋で意識を失ってしまう。幸いにも仲間たちが異変に気付いたため、一命を取り留めたが、あと30分発見が遅かったら、命を失っていたそうだ。それくらい命がけの旅ということだ。

その後、編集者の辻村さんも体調不良のため下山。旅は、石川さん、福島 舞さん、シェルパのプルパで続けることに。

舞さんはトレイルランナーとしては経験豊富であるが、このような高所の登山経験はない。今回初めての経験ながら、最後まで石川さんと共に歩んだことに相当な根性を感じる。最後には、舞さんは標高6119mのロブチェイーストピークに登頂する。この部分は、本編には描かれていないが、本編の後に舞さんの登頂記として記されているので、ぜひ読んでいただきたい。それはそれは壮絶な体験だ。舞さんが無事にこの旅を終えられて本当に良かったと思うほど、過酷なチャレンジだ。

石川さん、舞さんは、寄付金をシェルパのプルパに届けるという目的を無事に果たし、辻村さん、亀川さんも無事ということで、この旅は終わる。

本編は2週間にわたる旅の日記のようなもので、石川さんが撮影した旅の写真がカラーでふんだんに掲載されている。内容自体は淡々としたものであるが、この旅の目的にフィーチャーして読めば、読み終わった後にじんわりと心に届くものがある。

最後に石川さんはこう言っている。

「僕は『友だち』と呼べる人が多いほうじゃない。知り合いはたくさんいるけれど、本当に心を許せる人は少ない。プルパを筆頭に、生死に関わる濃密なヒマラヤ遠征を共にしたシェルパたちとは、お互いにすべてをさらけ出してきた。だからこそ、遠征が終わってしばらく会わなくても、ちょっとしたやりとりから気持ちを慮り、彼らに会いたい、少しでも力になりたい、と自然と体が動くのだ」

文明から離れ、生死をかけた時を一緒に過ごしたからこそ生まれる人と人の信頼関係、友情。ここに国籍は関係ない。アウトドア活動や冒険を通して、人は丸裸になり、様々なことをとっぱらって純粋に自分や人と向き合えるのだ。

この目で見たものを形にして伝える、尊い仕事

また、この本の素晴らしさは、担当編集者が自らが現地をこの目で見て、旅を成し遂げたことにある。実際に体験したのと、しないのではリアリティに雲泥の差がある。石川さんとシェルパとの友情の旅だけでく、コロナ禍におけるネパールの状況など、日本にいる私達にとっては想像することすら難しい。

世界の登山家たちのエベレスト登頂を支えてきたのはシェルパたちであること。
そのシェルパたちはコロナ禍の影響を受けて生活が困難な状況にあること。
石川さんが実際に現地に行き、シェルパに寄付金を渡したこと。
エベレスト街道の道のり、その過酷さ、シェルパたちがいかに旅を支えてくれているか。

そういった現実を本を通して知り、日常から想像の域を広げてくれるだけで、この本は大変価値がある。本とは、本をつくるということは、大変尊いものであると、改めて感じた一冊だ。

読書の秋。秋の夜長の一冊にいかがだろうか。

『シェルパの友だちに会いに行く』石川直樹著


文:一瀬立子

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