見出し画像

ほんとのテーマは『無力』じゃないか:マンガ『無敵』の考察

ということで、熱が冷めないうちに考察記事を書いていきたいと思います。

※『無敵』読後の方向けの記事です。つまり、ガンガンネタバレしていきます。
ネタバレ嫌な方はぜひ先にマンガを読んでくだされ!以下のリンクから無料で読めます!70ページくらいあるんですけど、引き込まれてたぶんすぐ読んじゃいます…。
ただ、暴力的な場面もあるので注意してください。
これから書く記事でも、暴力(含む性暴力)について触れます。読まれる方によってはフラッシュバックの危険性があります。不安な方は、ぜひこちらは避けて他の記事を読んでくださいませ…。

ーーー

恐ろしいマンガ『無敵』を読んだので、他の人たちはこの作品をどう思ったのか知りたくて、ネットで調べた。

(ネタバレを防ぐためか感想をぼかしている方も多かったので、結局どう思ったのかよくわからんぞ、という場合が多かったけど)
「サイコパス怖い」「犯人の狂気の描写がすごい」「人を殺してみたいと思って、軽く実行してみた女子高生。異常」というような感想が主だったかなと思う(佐世保女子高生殺害事件に言及している感想もあった)。

それで…いいのかなあ…?
美鳥のことを、理解不能なモンスター枠に収めて終わって、いいのかなあ…?

人の気持ちはそんなに単純なものじゃないから、「全部説明できる」「行動にはすべて理由がある」、とかって主張することはできないけれど。

美鳥を理解不能なモンスターにしてしまったら、世界のどこかにいっぱいいる「モンスターになりかけている」女の子たちが一線を越えていくのを一切止めることができないだろう、と思う。
(私もたぶん、5年前に読んでたら、「サイコパス怖いなー」と思って、満足してたと思うけど…。)

読んだものをどう解釈するかは、もちろん読んだ人の自由だ。

でも、「サイコパス怖いなー」だけで通すと、「なんでこのシーン入ってるの?」と感じるシーンがあまりにも多いんじゃないだろうか?
(それは作者のヤマシタさんの皮肉な狙いにも思われるけど。刑事のセリフ「あなたがどういう人物か 私にはよくわかりました」に対する美鳥の「そうでしょうか?」は、読者への投げかけでもあると感じる)

「偶然の産物」ゆえに面白い、という作品とか、「意味づけされることを避けてつくった」作品も、世の中にはあると思う。
でもこのマンガはそういうタイプの作品ではないだろう。それぞれのシーン、台詞は、明確な意図を持って配置されているはずだ。そこに思いを巡らすのが、この作品を味わう楽しみ(といっていいのか迷うような内容だけど)なんじゃないかと思う。

全然見当違いなところもあるかもしれないけど、ひとまず私の予想を書いてみる。

ーーー

美鳥が嘘をついているのは、おそらく犯行の内容だけじゃない。

ここを前提に読み進めないと、「安心できる家で育つことができず鬱憤がたまり、なんとなく人を殺しちゃった人」にしか見えない気がした。美鳥が供述している内容は、ほとんどが「嘘」か「皮肉」だと思って読むと、かなり筋が通ると思う。
(刑事に対して美鳥が放つ「……あなたって…とっても真面目で……正義感が強くって…誠実なのね」〔中略〕「わたしとはまるで逆ね」という言葉は、嘘をついていることを自らアピールするようなセリフだ)

なぜ美鳥は殺人を犯したのか?

おそらく美鳥は、善行に性的な虐待を受けていたと思う。
以下のような描写がそれを示唆してると思う。

・美鳥の取り調べ担当に女性刑事が選ばれた
・「こういうのは女の出番だ」
 「本人の…これまで置かれてた環境に配慮しつつってとこですかね」
 「まあ同情もしすぎんなよ」
 等の台詞
→男性刑事では詳細を聞きにくいような好ましくない環境に美鳥が置かれていたのでは?
(当初、母とその彼氏の暴力的性行為を「見せつけられていた」ことが「置かれていた環境」かと思っていたが、このあとの美鳥の反応等を見るにおそらくそれだけではない)

取り調べ担当の刑事が、化粧をいつもより薄くしてスカートからパンツスーツに履き替えたのも、性犯罪の被害者である美鳥に、「女」感をなるべく出さない姿で接したかったからじゃないだろうか。
マンガ『さよならミニスカート』の仁那が、長かった髪を切って、制服もズボンにしたように(彼女はもともとアイドルだったけど、握手会のときファンで切り付けられてから「女をアピールすること」に強い嫌悪感を感じるようになった人物)。

・「あの人ね 『お継父さん』って言ってから『善行さん』って言いなおすととても喜んだんですよ」
→美鳥のこの台詞のあと、善行のねっとりした笑いの描写。善行が美鳥を女として見ていることを示している?

では、善行への憎悪はまだ理解できる。なぜ母と航大も殺害されたのか?

<母殺害の理由(複合的なもの?)>

①母が善行のもとを逃げ出さなかったから(美鳥が性暴力を受けていることも知っていたかもしれない)
お母さんは、善行が好きだったとか、善行との性行為が好きだったとかではなく(最初はそうだったかもしれないけど)、「学習性無力感」によって逃げ出せなかった可能性も高いのでは?と思う。
しかし、それでも美鳥は「この人(お母さん)は助けてくれない」と感じただろう。この人が善行と繋がることがなければ、私もこんな目に遭わなくて済んだのに、と。
(「お母さんて痛いのが好きなんでしょう」も、皮肉な台詞だ。(恋人に指摘されて知ったが、母と美鳥が暗闇で対峙するシーンにはホッチキスも描いてある。爪(お母さんは手を丸めてる)、針、ホッチキス…。どんな拷問が行われたのか、ちょっと考えるだけで怖い…。美鳥の強い憎しみが感じられる)

②美鳥が母を見下していたから
美鳥は、自身が性暴力を受けることに理由を与えて自分を納得させるために、「自分は母よりも女として魅力があるから/上だから、仕方ないことなのだ」と思いこもうとしたのかも(最初はきっと傷ついていたと思うけど、取り調べを受けている時点の美鳥は開き直っているように見える)。

あるいは、「お母さん、自分で蒔いた種で、逃げるわけでもないのにバカじゃないの」と思っていた?
(母親が、暴力的性行為によって臀部を痛めているのを美鳥は嘲笑していた。美鳥は性行為の途中に叩かれたりすることはなかったのかもしれない。←それが「(善行は)わたしに気後れしていた」という言葉で表現されてる?(叩くことまではしない=遠慮のようなものがあったと美鳥は考えた?))

<航大殺害の理由>

たぶん、美鳥が善行に性暴力を振るわれているところを航大は目撃している。(刑事の「弟さんも日常的にそういう場面を目にしていましたか」の質問に美鳥は取り調べ中一番と思われるほどの強い反応を示している)

「善行は、航大がおもらししたから彼を殴った」、はたぶん嘘。それだけでは美鳥は善行を「こいつは何てバカなんだろう」とは思わないだろう。
おそらく航大が二人(善行と美鳥)の行為を見ていることに善行は憤ったのではないか?それに対して、美鳥が「そもそもお前がこんな行為してるからだろ」と思ったんじゃないか?おもらしは、叩かれた結果してしまったのでは?(嘘をそれっぽく見せるには、すべて嘘の内容にするんじゃなくて、少しだけ本当を混ぜておくといい、っていうよね)

でももしかしたらこれだけではなくて、それを見て航大が興奮する様子があったので、美鳥は航大を軽蔑するようになったのかもしれない。

以下はかなり飛躍した想像かもしれないが、刑事は「…大型のカッターナイフと思われる刃物で殺害後 …遺体がひどく損傷されています」と言っている。遺体の前の「…」、言葉を選んでる感じがある。もしかしたら美鳥は航大の陰部を切り取ってるかもしれない。

そう思うに至った描写はほかにもいくつかある。
・「性愛の対象は同年代の男性ですか」という刑事の言葉(同年代じゃないかもと思わせる何かが、捜査中に発覚した?)
・美鳥が航大殺害後に手に持っている袋、やけに小さい(切り取った「何か」が入っているのでは?)。
・カッターの刃を折ってる描写や、やや強調して描かれているおしりふき、しっかり手を拭いている描写、嫌悪感・汚れと離れたい気持ちを表している気がする。
・「美智さんに対する善行さんの暴力は日常的なものでしたか」のコマにいる航大は、自分の陰部を触ってる?(ズボンを上げてるのかも?)もともと陰部を触る癖が彼にあり、それを二人の行為を目撃する間にもしていたことが美鳥にとって屈辱的だったのでは。「親子で私をバカにしている」と感じたのでは。

航大への気持ちを「本当にかわいくて」「とてもかわいかったので」と表現しているのもたぶん嘘。かつてそうだったけど、そう思えなくなってしまったんじゃないか。刑事に航大を「弟さん」と呼ばれることを強く拒んでいるようにも見える。

しかし、彼女の憎しみの一番の核は、たぶん「それでも誰も助けてくれない」ってことだろう

美鳥って、たぶん「ルールを守ること」とか「礼儀正しく生きること」を割と重視してる人だと思う。
(他の子は制服のスカート丈を短くしてるけど美鳥はしてない、靴下もたぶん校則通りの履き方してる、やかんを「おやかん」って言う、等)
(というよりも…そうならざるを得なかった、のかな。機能不全家族の子供が担わされちゃう役割の一つ「ケアテイカー」になってたのかもしれない)

善く生きれば、良いことがあるわけじゃない。
でも世間では、そう信じられている。

だから、彼女は耐えらなかったんじゃないだろうか。
「なんで真面目に生きてる私が被害者にならなきゃいけないの?」
「なんで真面目に生きてるのに誰にも助けてもらえないの?」と。

響子が殺されたのは、美鳥が「私はこんなに過酷な現実をそれでも懸命に生きているのに、なんでこの人はこんなに能天気に生きることが許されてるの?」と思ったからじゃないか(「ね ね その人かっこいい?美鳥のママの彼」と言ってるのはたぶん響子だと思う)。加えて美鳥は、たぶん響子のことも、母親同様「女として私より劣ってる」と思っていた(というか、思うようになっちゃってた)気がする(「いつもわたしに自信を与えてくれました」ってセリフからも)。

刑事の「虫が怖い」ってことも、「助けてくれる人がいる」の象徴なのかな、と。
美鳥は、虫が平気というよりも「誰も助けてくれないから自分で倒すなり追い払うなりするしかなかった」人なんじゃないかなあ。で、ゴキブリを殺したときに、「そっか、誰も助けてくれないんだから、人間もこうやって殺せばいいのか」って悟っちゃったのでは(地面に落下した響子の姿は、虫そっくりに描かれている)。

誰も助けてくれないから、怒りが「みんな」に向いたんじゃないかなあ…。
(ホームレスを殺害したのもそういう理由?)
作中では、怒りっていうか「諦め」「あきれ」みたいなセリフで描かれている。もう期待することをやめちゃってるんだろう(美鳥の「その人がわたしやわたしの家族と何か関係があるんですか」や「……わたしみたいな子供に 女に そんなに難しい 残酷で 怖いことが……できるわけがないじゃないですか」って言葉は、「誰も本気で家族に介入してくれるはずないから、まだ16歳の女だけどこうするしかなかったんですが?」って気持ちがこもってる気がする。めちゃくちゃ皮肉だと思う)。

「無敵」がタイトルになってるのも、たぶん皮肉

作品の真のテーマは「無力」かなと思う。
家庭ではちっとも心休まらない。学校の友達にはそんなことわからない・伝わらない。社会の誰も助けてくれない。でも逃げる場所もない。

あるインタビューで、作者のヤマシタトモコさんは以下のように語っている(この作品についてのインタビューじゃなく、これまでのヤマシタさんの作品全体についてのインタビュー)。

ある種のステレオタイプとして「無力なことがかわいい」というのが男性向けであれ女性向けであれマンガのなかで、あるいはマンガ以外でも未だにあると思うのですが、私はそういうものを「ああ、ヒロインが好きじゃないな……」というので楽しめないことが昔から多くて。

〔中略〕

別に無力なキャラクターに魅力を感じること自体は悪くないけれど、それが必ず女性や子どもと結びついているとか、それを無力なままで許しておくというのが問題で。別に「強くなれ」ということではなく、ただ、無力なのであればどうすればいいかというところが描かれていない。助けられるか虐げられるかのどちらかしか提示されないというのは、とても狭いように感じますね。

『現代思想2020年3月臨時増刊号 総特集=フェミニズムの現在』に収録のインタビュー「私たちを締め出さない物語(ヤマシタトモコ/聞き手=岩川ありさ)」より引用。太字はけそによるもの。

(この特集号、こちらのインタビュー以外も、目から鱗落ちるところ・希望を感じるところ・言語化してくれてありがとうって思うところいっぱいあって、学術的で難しいところもあるけどすごいおすすめです…)

この作品は、悲劇的な結末だけど、「助けられるのでもなく、虐げられ続けるのでもない」女の子が描かれてるんだと思う。

今の日本で、同じような状況に置かれてる女の子、絶対ほかにもいると思うの。例えば家から逃げ出したとして、でも、じゃあどうしたらいいの?中卒の女の子が、自分一人で生きていくために?

日本は親の権利が強いから、(自分で積極的に情報開示を止めなければ)親が子どもの住所を役所で勝手に調べられる。親がDV加害者って認定されたりしたらまた違うかもしれないけど、目に見える暴力の証拠がないケースでは、認定は困難だ。
保証人がいなければ、家を借りたり、携帯を契約したりすることも難しい(そしてそれらがないと、仕事を得るのが難しい)。

性被害者に対して、裁判所の理解のなさもつらすぎる。

↑父親による(当時)12歳の娘への性虐待事件について取り上げられた記事。一部引用する。

「2019年3月、静岡地裁で12歳の娘への性虐待で起訴された男性に、強姦罪について無罪判決が出た。無罪の最大の根拠は、狭い家で他の家族が気づかないのは不自然、という『間取り』を理由にしたものだった」

「一審では、この職員の証言(※)も、また女の子の処女ひだが損傷していた事実も考慮に入れられず、『12歳でも性的情報をタブレットなどで入手できる。架空の性被害をつくった』などとされた」

(※けそ注:記事によると、児童相談所のベテラン職員に保護された際、女の子は(父親が布団に入ってくる日だから)「金曜日が嫌いだった」と話していたそう。同職員は、父親が面談に来ると女の子が異常におびえるのにも気づいていたそうだ)

性犯罪についての裁判で、抽象的な理由で被害者が軽視されるケースは、決して珍しくないと感じる…(でもこの事件は、逆転で有罪判決になってよかった…。)

どうしようもない「運命」から女の子が逃れられない日本は間違ってる、地獄だよ。
(その地獄っぷりがじっくり描かれているので、小説『朝が来る』にありがとうって言いたい)

だから私は、美鳥のことをただのモンスター呼ばわりできない。
モンスターにさせたくないなら、モンスターになる以外の逃げ道を作ってくれよ、日本…。

(↑この単行本には3つのお話が入ってるけど、私はこの『無敵』が一番好きだったな)

この記事が参加している募集

マンガ感想文

いただいたサポートは、ますます漫画や本を読んだり、映画を観たりする資金にさせていただきますm(__)m よろしくお願いします!