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認知の歪みは、加害者だけのものか?:「『小児性愛』という病―それは、愛ではない」

ハヤカワ五味さんのツイートでこの本を知りました。

かなりショッキングな話も出てくるのですが、最近疑問に思っていたことの答えが書いてあったり、とてもおすすめなので(3時間くらいで一気読みしました)、すごく長くなってしまいましたが…内容をまとめてみました。今後さらに書き足すかもしれませんが一旦力尽きたところで公開してみます…。

著者の斉藤章佳さんは、東京都豊島区の大森榎本クリニックに所属されている精神保健福祉士・社会福祉士の方です。同クリニックでは2006年に「反復する性的逸脱行動、なかでも痴漢や盗撮、強制性交や強制わいせつといった性犯罪をやめられない人」、主に出所後の性犯罪者を対象とする専門外来を開設。2018年からは、子どもへの性犯罪加害経験者向けの「治療」プログラムも開始しており、2019年9月までに150人以上、「小児性愛障害」と診断された者の治療に臨んだといいます。

■章ごとの要約

第1章 純愛幻想と飼育欲―その身勝手な論理

・人は、やってはいけないと思いながら何かをすることに苦痛を覚えるので、自分を正当化する言い訳で自分を納得させる
(例:明日からダイエットするから、今日は焼肉もOKということにしよう)。

性加害者も同様に、自分の行動を正当化するために、「子供が喜んでいるからOK」「誘ってきたのは向こうだった」と現実を歪ませて、都合のいいように思い込む

<けそ>この章で紹介されている認知の歪みは、本当に…つらいです。

例)
・自分たちは互いに愛し合っている。恋愛関係にあるふたりが性的な関係を持つのは自然なことだからね。

→著者は、「小児性『愛』者」という言葉も加害者側視点の発想による表現であり、実際に子どもが受け取ったのは愛ではなくて暴力であること、被害者支援・加害者臨床いずれの場でも「小児性犯罪」「小児性暴力」といった、親和的・肯定的要素を除いた表現が常識になっていること、報道にもこうした表現が定着してほしいと考えていること、を述べています。
(時々本文の中で「小児性愛障害者」という書かれ方がしているのはタイトルに合わせているからなのかな…というのがちょっと疑問ですが)

・小学校低学年なら何をされているのかわからないから、いまのうちにいたずらしておくことにしよう。

・何をされているのかわかっていない、その表情がすごくかわいいんだ。

→子どもの頃の記憶は忘れるから性加害もOKだと自己を正当化する加害者もいるが、20年後、30年後にフラッシュバックに苦しむ被害者もいる。

<けそ>以前、レイプの被害者の方は暗いところで横になった状態で被害に遭うことが多く、寝ることができなくなってしまうこともある、と読んだことがあります。この本の中では、口腔性交を強要された被害者で、食事ができなくなってしまう人もいると紹介されていました…。

・日本は、社会においても加害者優位の価値観が支配的
(例:襲われるような服装だったからいけなかった/親がちゃんと見ていないからいけない)。
この価値観を変え、加害者の認知の歪みを強化しない社会としていくことが必要。

第2章 問題行動―病と気づくまで

・クリニックを受診した者の自己申告によれば、初めて加害を行ってからクリニックを受診するまでの期間が、小児性犯罪者は平均で約14年(⇔痴漢は平均約8年、盗撮は平均約7・2年)。もっともその期間が長かった者は、49年だった。

<けそ>
その間ずっと、被害者がいるということが恐ろしすぎます…。 
後の章で、アメリカの研究者の研究結果、「1人の性犯罪者が生涯に出す被害者の数は平均380人」が紹介されていて絶望的な気持ちになりました…1人の子供に何回も加害を繰り返すパターンもあるそうで、どちらにしても、あまりにもいたたまれないです…。

小児性犯罪は再犯率が高く、罪を重ねるほど加害者は孤立していく。ただでさえ自発的にクリニックに通うことを決める加害者は少なく、家族や弁護士に勧められて通院を決める者がほとんどであるため、クリニックに通う加害者は小児性犯罪者全体のごく一部だと考えられる

小児への継続的な性的嗜好とその行動化は精神疾患とみなされるが、それを理由に責任逃れをすることは許されない。クリニックでは、病気だからこそ、「治療によって行動変容ができる」と考えている。

第3章 逆境体験―依存症から抜け出すために

※逆境とは、苦労が多かったり不運が続いたりする境遇のことをいう。

・クリニックに通う小児性愛障害者の子供時代~思春期のことをヒアリングすると「①機能不全家族で育っている」「②いじめ被害経験」「③同年代の女性との挫折経験」の3種類の逆境体験を共通して持つ傾向がわかってきた。なお、一人が複数にあてはまるケースも、一人がどれにもあてはまらないケースもある。
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①機能不全家族で育っている
機能不全の内容を、「虐待」「(親のいずれかもしくは両方の)アルコール問題」と答えた人は合わせて全体の約36%。調査では、「アルコール問題」と回答した人の家庭にも、100%暴力の問題があった。虐待は支配―非支配の力関係の中で起こるため、成長したあともそれ以外の人間関係の作り方がわからず、同じような関係を築いてしまう例が多い。

②いじめ被害経験
いじめも、虐待の問題同様、「上」の立場の生徒が「下」の立場の生徒を「支配する」構造。
恨みの感情が、弱い者を虐げたいという欲求につながってしまっている?

③同年代の女性との挫折経験
恋心を抱いた女性に、直接拒絶された者も、「どうせ相手にされないからあきらめよう」と自ら強迫的に思い込んだ者もいる。成人女性そのものが怖いというよりも、自分が受け入れられないことや拒絶されることへの怯えのように思われる
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自分の身にどうしようもなくつらいことが起きたとき、人は生き延びるために依存症に陥ることがある。児童ポルノ、延いては子どもへの加害も、その依存の対象の一つ。依存すること自体は、全員とは言わずとも多くの人にとって遠い話ではない。依存症は、「意志が弱い人」「だらしない人」だけのものではない。

―ここからちょっと、本の紹介からの脱線―
最近依存症の漫画もいくつか読んで、「うわ~私、きっかけさえあればすぐ依存症になりそう…」と思ったので、これらも貼っておきます。

↑「だらしない夫じゃなくて依存症でした」が読めます。9話でまとまっているのでさくっと読めます。依存症の人を支援する人がどうすればいいのかも読めて勉強になります…。

↑「セックス依存症になりました」が読めます。いろんな人のケースが丁寧に紹介されています。人物の表情が魅力的で、コミカルなところもあって読みやすいです。

セックス依存症と言えば、映画『恋人はセックス依存症』で、仲間と助け合いながら自分になんとか向き合っていくところが描かれているのもすごくよかったです。

しかし、邦題がひどいと思う。映画の本質を全然とらえてなくて、エロいだけの印象で売ろうとしている感じがするというか…。
(現代はThanks for Sharingです。自助グループの中の言葉で、文化的な背景が日本だとよくわからないから邦題つけてるんだと思うけど…それにしても)

ー脱線終わりー

第4章 児童ポルノ―加害の引き金になるもの

・いわゆる「児童ポルノ禁止法」に相対する意見の主なものに、「①アニメなど、実際の被害児童がいないものは除外していいのでは」「②児童ポルノの製造等だけでなく、単純所持(自己の性的好奇心を満たす目的で所持すること)まで禁じることは、文化や自由な表現を後退させるのでは」という2つがある。

・しかし世界では、実際の被害児童がいるものであれそうでないものであれ、児童ポルノに親しむほど、子どもへの性的嗜好を持つ者はその傾向を強めていく可能性が高いと明らかにされつつある。

<けそ>1996年に開かれた国際会議において、欧米諸国で流通している児童ポルノの約8割は日本製のものだと非難されたそうです。。。児童ポルノのみならず、日本の性加害への問題意識は低すぎますよね…。

・痴漢や盗撮については、痴漢・盗撮に関するポルノに事前に触れたことが加害のきっかけとなったケースは、全員にあてはまるものではなかった。その一方、著者がかかわってきた子どもへの性加害者はほぼ100%、児童ポルノから何らかの影響を受けていた

<けそ>ちょうどこの章に書かれているような内容が、最近の疑問でした。表現の自由とどう折り合いをつけるのか?ガス抜きとしての児童ポルノがあるのでは?ということが。
特にガス抜きになるのでは?ということに対しては、エビデンスで「むしろ、被害を拡張してる」ことが示されているので、規制をしないといけないよな、と思います(誰かの一生の傷になる行為の引き金になることを許す「自由」は、ないな…と)。

第5章 犯行現場―加害者はすぐそばに

・子どもは「あやしい人にはついていかないように」と大人からよく言われるが、クリニックに通院する小児性愛障害者のほとんどが「ふつうの人」。むしろ、「優しそうな人」

・さらに、小児性加害は面識のない関係の中よりも、親族を含めてお互いに知っている同士の関係の中で行われるケースが非常に多い。特に子どもへの性加害をする者の特徴として、職業を通して行動化するということが挙げられる。クリニックに通う者のうち、56%が有職者で、そのうちの3割近くが教員、塾講師、スポーツインストラクターなど、子どもを教え、指導する立場の人だった。性暴力は、権力関係を利用して行われるものがほとんど。子どもを教える仕事を選ぶ人は皆子どもへの性嗜好があるのでは?と考えることは偏見であるが、環境を利用して加害行為をする者は少なくない、ということは広く知られるべき。

・日本では、一度教育現場で子どもに対して性加害を行った者も再び教育現場に戻ってこられるため、新たな被害を止められていない。イギリスでは、子どもや障害者と1日2時間半以上接する職業に就くときは、子どもや障害者を危険に晒すような犯歴がないことを示す証明書を提出しなければならない。

<けそ>日本でも、イギリスのような措置をとってほしいです。加害経験者の社会復帰する権利ももちろん保障するべきですが、子どもと触れる時間が長い場所で社会復帰する権利は、保障すべき対象じゃないですよね…。

第6章 再犯防止―期待される有効な治療とは?/
第7章 回復責任―“やめ続ける”ために


・刑務所では、すべての受刑者に対して「改善指導」が行われる。性犯罪者は「性犯罪再犯防止指導(通称R3)」を受ける。出所後、保護観察所では「性犯罪者処遇プログラム」が設けられている(仮釈放で保護観察期間が一定以上ある者・保護観察付の執行猶予判決が出た者が、社会の中で再犯防止の指導を受ける。家族向けプログラムもある)。

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【それぞれの課題】

■性犯罪再犯防止指導
・全国の68の刑務所のうち21か所でしか実施されておらず、待機者が多い。
・刑期が短い者、罪名が性犯罪でない者(窃盗罪として扱われる下着窃盗等)、治療反応性が低いと思われる者(知的・精神・身体/発達障害者等)は対象外。
・懲役10年のうち5年目で受ける等、出所するころには受講者が忘れてしまうタイミングで実施されることがある。
・プログラムを終了すると、教科書のように使用していたワークブックが回収されてしまう。
・刑務所内には子どもがいないため、入所中は自信がつけられても、社会復帰後に元の自分に戻ってしまい、加害経験者が自信をなくしてしまうことがある。
・児童への性加害は、性加害者の中でも白眼視される傾向にあり、他の性犯罪者から「ロリコンは脳がイカれている」等と差別されることがあるため、ドロップアウトする者もいる。
※後述するクリニックのプログラムでは、児童への性加害経験者が同じ嗜好を持つ者たちだけでグループワークができるよう、2018年より小児性愛障害者のみに特化したプログラムを始めた(日本初の取り組み)。児童への性加害経験者が通院を続けられるようになった等、成果をあげている。

■性犯罪者処遇プログラム
・受講期間が短い(3か月で5回受講して終了)

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性犯罪、特に子どもへの加害は再犯性が高いが、受刑者1人あたりの1年間の刑務所収容費用は約300万円。「一生刑務所から出すな!」と主張する人がいても、受刑者本人が刑務所から出ることを望んでいなくても、「一生刑務所を出ない」ことは現実的ではない

・しかし、保護観察所のプログラムを終了した後、著者が所属するクリニックのような継続的な地域トリートメント(社会内への治療)へつなぐ役割を担っている人・機関は、現状、日本にはない
⇔カナダでは、出所後の保護観察期間中に再発防止プログラムの受講が義務付けられており、成果を上げている。

・(主に家族や弁護士の紹介で)クリニックにつなげてもらった加害者たちは、治療を通じて再犯しないことを目指す。
クリニックにおける治療の3本柱は以下の通り。
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1.再発防止(リラプスプリベンション)
・もうしない!と誓うのみでは足りない(児童への性加害は、依存症に近い嗜癖行動としての側面がある)ので、何が自分を再発に駆り立てるのか、それをどのように回避するのか、毎月「リスクマネジメント・プラン」の形で可視化する

2.薬物療法
・本来は抗うつ剤として使用されているSSRIを処方。本来は「副作用」だが勃起不全となるため利用する。服用を継続すると吐き気などの症状も出て苦しむこともあり、本人の希望に応じて処方する。
・全員に強制されるものでなく、この療法だけで治療ができるものではない。物事の考え方や周囲との人間関係、生活習慣等に総合的にアプローチする必要がある。
・前述した刑務所や保護観察所のプログラムでは、「どの性犯罪者にも望ましい効果を及ぼすわけでない」こと、「人の生理的機能を損なうことを内容とするものであり、副作用が生じるおそれもある」ことから、導入は見送られている。
・海外の研究では最も効果があると言われている治療の一つだが、日本では保険適用外でエビデンスも少ない。今後、さらなる研究が望まれる領域。

3.性加害行為に責任を取る
・小児性愛障害という病気になったことは本人の責任ではないが、病気を放置することは許されず、責任をもって回復しなければならない。責任の内容はさらに3つに分けられる。
(1)再発防止責任
子どもに性加害しない毎日を積み重ね、再犯しない責任。
(2)説明責任
⇒依存症から回復するために、正直に話すこと・助けを求めることは、非常に重要。
①自分の加害行為について、クリニックのスタッフや治療に臨む仲間に素直に話す責任。
②再発したときやリスクが高まったとき、正直にカミングアウトする責任。
(3)謝罪と贖罪
反省や表面的な謝罪は、本人が楽になりたいためだけのもので意味がない。自分がしたこと、被害者に与えた影響の意味を考え続ける責任。
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・加害経験者の内面が変化するまでに、早くとも3年と長期間の治療が必要になるが、長く治療しても「自分だけは大丈夫」とクリニックに通うことをやめてしまい、すぐに再犯してしまう者がいる。「やめ続ける」ことは難しい。

第8章 支配感情―敬われたい男たち

男性が優位でなければならないという社会が認知の歪みを強化し、性暴力を助長しているともいえる。「男性である自分は、本当なら誰かに無条件に受け入れられるべきなのにそうなっていない」、「優越感を感じたいのにそれがかなっていない」との思いを強めているのは、日本の男尊女卑社会。しかし、露骨な男尊女卑が減ったこと、あまりにも男尊女卑の考え方が日常化し麻痺していることから、現在の日本が男尊女卑社会だということを認識していない人も多い。

人に受け入れられたいということは人間の根源的な欲求だが、「受け入れる」「受け入れられる」という相互的な関係ではなく、どちらか一方が相手に受け入れを強要するとき、自分よりも弱い相手がその対象として選ばれ、「支配」になってしまう

日本の男性の中では「未熟で、自分たちよりも年齢や社会的地位、経済力が低い女性がかわいい」という価値観がいまだ支配的である。自分たちが脅かされることのないように、未熟でいないと愛されないよ、というメッセージが発せられている。こうしたことは、自分を脅かさない子どもを支配したいと考える小児性愛障害者との違いは、実は紙一重なのではないか。

・しかし、内面の問題を他者、弱い者への暴力で解消しようとすること自体には、男女差はそれほどないように思われる。すべての〝人〟はそのパーソナリティに〝加害者性〟が潜在している。普段はそんなこと考えられない、という人でも、精神的に追い詰められたときやアイデンティティが大きく揺らいだときには、わからない。「自分は大丈夫」と思わず、ときどき立ち止まって、自分自身の加害者性の芽に、目を向ける必要があるのでは。

―再びちょっと脱線―
先日TBSラジオ『アフター6ジャンクション』で翻訳家の岸本佐知子さんが『POWER』という本を紹介されていたときの話を思い出しました。

ある日女の子たちが手から電気が出るようになって、女性が強者となった世界の様子を描写したSF小説らしいのですが、岸本さんは「ジェンダーの話では、男性は加害者にならないように気を付けて、って話になっちゃいがちだけど、ジェンダーの件に限らずみんな『強者』の立場に立つ可能性はあるはずで。自分も含めすべての人が、そういう立場に立っても力で誰かを傷つけちゃわないように気をつけないといけないよね、と思わされる本だった」というようなことを話されてて、印象的でした(岸本さんのお話されてた内容、ニュアンスですみません)。
―脱線終わり―

※このまとめには入れていませんが、最後に著者と加害経験者との対談も収録されています。海外での児童買春の経験談など、本当に悲しい気持ちになりました…。

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