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子供には何の責任もない 〜進撃の巨人から学ぶ〜

 ○はじめに

 

 個人的に”進撃の巨人”という作品は歴史に名を残す超名作だと考えています。その理由はまたの機会に詳しく話そうと思いますが、その理由の1つをあげるとするなら、現実にも通じる強いメッセージ性を有していることだと思います。

 今回はそんなメッセージの中から『子供には何の責任もない』というメッセージを取り上げていきたいと思います。

 本記事は進撃の巨人の終盤ネタバレを含みます。まだアニメしか視聴していない方はここで読むことを辞めることをお勧めします。



○場面説明

 

 私が『子供には何の責任もない』といメッセージを強く感じ取った場面を、簡単に説明します。

 主人公エレンが”地ならし”を発動させました。

 ”地ならし”とは、壁の中で眠っていた何万体もの60m級巨人を呼び覚まし、自国以外を進撃させることで、自国以外の土地の生命、文化、歴史を踏み潰し、文字通り全てをただの平らな土地にならすことです。

 ”地ならし”が発動してしまえばもう立ち向かう術はありません。踏み潰されるまで逃げ惑うのみです。

 この場面でも人々は逃げ惑います。しかし無情なことに逃げた先は断崖絶壁。先頭にいる人々は後から逃げてくる人たちに押される形で次々と崖の下に落ちていきます。

 そんな中、後ろに押されて今にも崖から落ちそうな一人の女性がいました。その女性は赤ん坊を抱えています。女性は自分が落ちる直前に後ろに控えている人に赤ちゃんを託します。赤ちゃんを託された人も自分が落ちる番がやってきます。すると、やはり後ろに控えている人たちに赤ちゃんを託します。この行動が連鎖します。人々は赤ちゃんをリレーのバトンのように後続の人たちに託していきました。

 

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 人々は気づいていました。”地ならし”が発動したのは、自分たちが壁の中の人々の恨みを買うような行為を黙認し続けたことが原因であると。エレンはそういった壁の中の大きな怒りと恨みの体現者であると。

 そして、人々は同時にこうも思いました。その怒りと恨みの矛先に子供が向くべきではない、子供には本件に関して何も責任はない。本当に申し訳ない。と。


○子供には何の責任もない


 この場面からわかるのは、子供には社会の愚行への責任は全くない、しかし大人の愚行の影響を最も受けるのもまた子供であるということです。

 環境問題、年金問題、待機児童問題など、これまで社会が先送りにしてきた問題はたくさんあります。その結果最も影響を受けるのは誰でしょうか。未来の世代、つまり子供達です。

 子供による非行、、問題行動、いじめ、不登校など一般的に、各家庭や子供個人の問題とされている問題についても全ての大人の責任だと考えます。

 貧富の差がある社会、閉塞感のある社会、不寛容な社会が原因でこれらの問題が起こるのであれば、そういった社会を作り出しているは我々大人であるからです。

 「政治家が悪い」、「自分たちはどうしようもない」そう思う人もいると思います。そう思いたい気持ちもすごくわかります。しかし私たちは選挙権を持った時点で社会の形成者なんです。逃げることはできません。

 よく、メディアやSNSで非行によって叩かれる子供やその家族を見ます。もし、叩いているのが大人であるならば私は声を大にして言いたいです。そのような子供を生み出している一因は我々にもあるのだと。

 子供は環境を選べません。その環境で生まれたらその環境で生きていくしかないんです。非行を行ってしまう子供がいるのは環境のせいです。そして、非行を行なっていた子供はいつか大人になります。そうするとまた非行をする子供が生まれやすい環境を作ってしまいます。負の連鎖が続いていくんです。

 大人になった時点でもうその人は自分の責任は自分で取らなくてはなりません。それが例え、恵まれない環境で育ったせいで反社会的な人物になってしまった場合でもです。大人になってしまえば、もう誰も救ってやることはできないんです。

 だから私たちには、社会全体で子供を育て、子供が生きていく未来の社会をより良いものにしていく責任があると私は思います。

 


 ゆーて成人してまだ2年しか経ってない私がこんな偉そうなこと言ってごめんなさい笑。でも、私も大人の一人としてより良い未来を築けるように頑張っていきたいと思います。一緒に頑張りましょ!!

 

 






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