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あのとき仕事を辞めなくて本当に良かった

※この記事は、仕事が辛くて転職しようか悩んでいる人に向けて書いています。

僕には心の底から感謝している人がいる。

転職活動時にお世話になった応募先の人事だ。一度しか話す機会はなかったけど、僕の人生を引き上げてくれた人だ。今日はその人のことを話したい。

苦しかった社会人二年目

社会人一年目。

東証一部上場の大手企業に入社できて喜んでいたのもつかの間、日々の業務はルーチンワークばかり。何かスキルが身についているとは思えなかった。

そして社会人二年目の秋、僕はとても悩んでいた。

仕事がとても辛かった。毎日を過ごすのがとても苦しかった。

その年は大規模な新規プロジェクトの立ち上げがあった。前年度までお世話になったベテランたちが他の部署へ引き抜かれていった。知見も人員も不足することになり、穴埋めのために毎晩10時を超える残業が続いた。

加えて上司との関係も良くなかった。当時の上司は精神論を振りかざすタイプの人だった。

例えばこんなことがあった。

僕の担当業務で、毎日決まった時間に行うルーチン業務があった。ある日、僕はうっかりその業務を行うことを失念してしまった。

当然僕にも落ち度はあった。深く反省していた。しかし、それまで100回以上繰り返してきたうち一度のミスである。ミスは誰にでも起こりうる。個人ではなく、組織として再発防止の仕組を考えたかった。

上司の対応は違った。

上司は僕に集中力が欠けていると言って責めた。報告書の原因欄は「担当者の過失」の一言で片づけられた。(原因の根本を断ち切れなかったことにより、後に別の担当者が同じ事故を繰り返すことになった。)

僕は肉体的にも精神的にも追い詰められていた。

転職フェアに行く

僕は転職フェアに行くことにした。絶対に転職したかったわけではなかったが、いつでも逃げ出せるようにするための準備が必要だと思った。

転職とはどういった手順で進むのか。面接はどのような雰囲気なのか。適性試験の内容はどのようなものか。本当に転職しなければならない状況になってから考え始めるのでは遅い。それらを事前に知っておきたいと思った。

若手向けの転職フェアであったこともあり、多くの企業ブースから声をかけてもらった。当時は売手市場だったことも関係していたかもしれない。

ある企業のブースに行ったとき、気づいたら面接の申し込みをさせられていた。特に興味があったわけではないが、面接の練習をするつもりで行ってみるのも悪くないか、そんなことを考えていた。

転職フェアの一週間後に面接が設定された。履歴書と職務経歴書を用意して面接会場に向かった。そして、その人に出会うことになった。

「うちの会社には来ないほうがいいかもね」

履歴書と職務経歴書を提出し、簡単な性格診断テストを受けた。そのあと人事との一次面接が始まった。

職務経歴の紹介と自己PRを終えた僕に対して、人事が告げたのは意外な一言だった。

「君はうちの会社には来ないほうがいいかもね。今の会社でもう少し働き続けたほうがいいんじゃない?」

あまりにもそっけない言い方に、僕は少しイラっとした。しかし、それも織り込み済みとでもいうかのように人事は続けた。

「だって君はうちの会社でやりたいことは明らかでないでしょ?」

「そして、今の会社を辞めるべき理由も明確になっていない。」

いやいや、確かに貴社でやりたいことはない(実際、そんなことも深く考えず面接に臨んでいた)。けれど、今の会社を辞める理由はあった(と思っていた)。精神的にも体力的にも限界だったのだ。

「それは違う。」

「君が辞めたいと思っているのは今の部署であって会社ではないんだよ。」

人事は急に諭すような口調で言った。

「もし君が会社全体を見渡してみて、全ての部署が同じ状況なのであれば転職を考えるのも納得する。」

「けれどおそらくそうではない。一時的に忙しいだけだし、一時的に上手くいっていないだけ。環境が変わるチャンスなんていくらでもある。」

「あと1~2年真剣に今の職場で働いてみるんだ。そうすれば視野も広がって見えてくるものもあるだろう。そのうち環境も良くなるかもしれない。」

「それでもまだ、環境だけではなく『仕事』を変えたいと思ったのであれば、その時はまた応募しておいで。」

「君のような人間はたくさん見てきたよ」

あまりにも的確な指摘だった。僕は面接ということも忘れて質問をしていた。まだ会ってから30分も経っていないのに、なぜそれがわかったのかと。

「分かるよ。だって私は人事だもの。君のような人間はたくさん見てきたよ。そして退職理由も志望理由も明確になっていない人間は採用してはいけない。それが私の仕事だからだ。」

そして続けた。

「まあ、若いうちなんてそんなもんさ。」

「とは言え、君は適性診断テストの結果も悪くない。だから、この面接は一応合格ということにしてあげよう。」

「二次面接に来るかどうかは君自身がもう一度冷静になって判断するんだ。いいね?」

面接はそれで終わった。

やりたいことなんてすぐにはわからない

僕の短い転職活動は終了した。辛い状況は変わらなかったが、歯を食いしばって頑張った。日々の業務を作業ではなく本質で捉えようと努力した。

そしてすぐに、先日の人事の予言は的中した。さすがにこのままの体制ではまずいと思ったのか、会社が動いてくれた。人員の補充が決まった。それだけでなく、マネジメントの実力がある幹部職が招聘された。

状況は劇的ではないものの、少しずつ改善されていった。

そして迎えた社会人三年目。

上司が変わり、僕の仕事に対する意識が大きく変わった。

その上司はやりたいと思ったことをどんどんやらせてくれるタイプの人だった。そのための環境を作ってくれた。僕は自分にとってやりたいことは何かを考えるようになっていった。

ルーチン業務全体像を可視化してよりシンプルなプロセスに組み替えられないかということを考え始めたとき、ああ、これが僕がやりたことなんだなと思った。同時に、これまでやってきた退屈なルーチンはムダではなかったんだとも理解した。

「やりたいことを考えろ」とよく言われるが、ほとんどの若手社員は何がやりたいかを自分で理解することができないのだ。浅い知識や経験ではそれを見誤ってしまうリスクが高い。

だから僕は「入社3年は辞めないで続けろ」という言葉に対して、ある程度納得することができる。やりたいことを理解し始めるのにそれくらいの時間が必要だということだろう。

もしもあのときの人事が違う人だったら

結果的に、僕はあのときの人事に感謝することになった。親身になってアドバイスをくれたこと。仕事とはいえ必要以上の時間を割いて教えてくれたこと。

それからも何回か会社を辞めたくなる衝動に駆られることはあったが、その度にあのときの人事の言葉を思い出すようになった。

もし、あのときの人事や企業が違っていたら。。。今更ながらゾッとする。

やりたいことが明確でなかった僕は、どんな転職先でもうまくいくことはなかっただろう。

それだけではない。世の中には悲しいことに、ヒトを使い捨てのように使っていく企業もある。甘い言葉に誘われて仕事を辞めたのち、ヒトをヒトとも思わぬ環境にてこき使われていたかもしれない。

視野が狭く、スキルも不十分で、やりたいことがわからなかった僕は、そうした企業にとって絶好の「カモ」だったに違いない。

あのとき、真摯な人事に出会うことができて本当に運がよかった。そしてなにより心から思う、あのとき仕事を辞めなくて本当に良かったと。

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