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企画会議


 ストーリーは突然始まる。

 なんか、一昔前のドラマ主題歌のタイトルみたいな書き出しだな。

 別にドラマ性があるかないかは別として、物語の発端は、日常の中に散らばっていて、それを拾って、並べただけでも、ちょっとした物語ができあがる。ただ起承転結の組み立て方や、言葉選びを工夫したり、ほどよくスパイスをブレンドしたりすると、なんとなく面白いものになるわけなんだけど、この「面白くする」というところがミソな訳で、僕は最近、いや、今更かもしれないけれど、この「面白い」というのは、受け手側の想像力がなくては成り立たないと思っている。

 即物的な「ギャハハ」という面白さも決して嫌いじゃないけど、やはり、何度も味わいたくなるものがよい。できればこうして書いているものもそうありたいと願っているんだよね。


 秋晴れが続いた週の終わりの夕方、僕はとある企業の会議室にいた。
 2週間後に開催が迫る、ある事業についての打ち合わせのためだった。
 打ち合わせの参加メンバーは約15名。“約”というのは、関係者がとても多いプロジェクト故に、内外のいろんなスタッフがひっきりなしに会議室に出入りしていたから、常時15名ぐらいいたという事だ。
 午後5時から始まった会議は、ある項目は結論が出て、ある項目は一向にらちがあかないという、たくさんの積み重なりで蛇行もしながら進行していて、かれこれ2時間が経過した。
 専門分野のエキスパートが集まっての分業システムでプロジェクトは進行しているから、中には自分の携わる項目について、その時点での結論が出れば全体に付き合っている必要はないから退室するメンバーもいる。

「お先で~す」「じゃあ、明日ファックスします」「メール送って!」などと言いながら、会議室から出ていく。
 見送る側も内心「いいなあ」と思っているけど、とにかく1つでも前に進めないと、後から自分の首が締まるのはわかっているから、とりあえず長時間に及ぼうが、担当者をつかまえられる時に突っ込んでいかなくてはならない。だからみんな結構粘っている。
 僕はこのプロジェクト全体に関わっていたから(ハラへったなあ~などと思いつつ)必然的に早抜けができないでいた。

 結局、会議スタートから3時間以上が過ぎた時点で、今日はここまでということになった。資料を片付けながら、次回の会議日時を確認したり冗談を言い合ったりして、さあ会社に戻って企画書を作り直そうかと思い席を立った時に、クライアント側のスタッフの一人が声を掛けて来た。

「あのー、あと1点だけ、至急で相談したいことがあるんですが」

 この企画が時間との闘いに突入しそうなことは判っているから

「いいですよ」と答えた。


「助かります。ここでいいですか?」


 他のスタッフや担当者たちは雑談をしながら会議室から出ていく。
(お疲れ様でした、今度ゆっくりメシでも、ああ明日は休むぞ)などと言いながら、灰皿やカップを手分けして片付けている。
僕は濃いコーヒーが飲みたくてたまらなかったから、とりあえず休憩を提案した。


「すみません、気が利かなくて、じゃあ、先に下へ降りていて下さい」

「じゃあ、下の喫茶ルームへ行ってます」そう言って僕は仮出所した。

 喫茶ルームと言ってもソファや椅子やテーブルが置かれた部屋にベンダーが設置されているミーティングルームだ。週末のこの時間になると誰もいない。オフィスフロアにも資料を整理している外勤の営業マンが2~3人と、帰り支度をしているスタッフが数人いるだけだ。
 100円のブラックコーヒーを飲みながらまぶたの上を指先でマッサージしていたら、僕を引き留めたスタッフが大きなファイルを持ってやってきた。

「すみません、週末のこんな時間までお引き留めしちゃって」

「いいんですよ、来週になったら僕もほとんど身動きがとれなくなるし
、そうなっちゃうと、間に合わないでしょ」

「そうなんですよ、ましてや初めて参加させてもらって
 右も左もわからない状態で
 お恥ずかしいんですが」

「でも、よくやってると思いますよ。
 今回のメンバーはみんな前向きで僕は実はそんなに心配してません」

「そうですか、そう言っていただくと嬉しいです。
 本当は今のセクションになって初めて面白さ?って言うか
 そういうのがわかる?みたいな感じなんですよ」

「よかったですね、ああ、ブラックでいいですか?」

「いや、あの、ダメですよ、わるいです引き留めた上に、すみません」

「まあ、飲みながらやりましょう、で、なんでした?」

 まあ簡単に言えば、新規の企画を作らなければならなくなったというもので、それ自体難しい話しではなかったから2~3アドバイスをして、企画書と見積りを来週アタマに提出することを引き受けて終了。

「なんか、まだまだ全体的に保留項目ばかりでホント申し訳ないです」

「うん、来週の今ごろにはやっつけちゃわないと少しヤバイかもしれませんね」

「ああ、でもこれお願いできてよかったです、よろしくお願いします」

「わかりました。それにしてもハラへりましたね。へってませんか?」

「へりました、どっちかというとぺこぺこです」

「なんか、いつもいつも時間に追われて、あの会議室でもダァーッって感じだし
、電話とメールとファックスでもドォーッって感じだし(笑)
 たまにはみんなでうまいもんでも食べに行ったりしたいですね」

 誰もいない喫茶ルームでベンダーがブーンと音を上げている。

「毎年なんだかんだ言いながら結局忘年会だけですもんね」

「今日はまだ帰れないんですか?」

「いえ、今日はもう上がってしまおうかと思っています。
 これから会社に帰るんですか?」

「そうですね、今のこれもやらなきゃいけないし」

「ああ、すみません...もうほんとに」

「いや、大丈夫、これは3時間もあればできちゃいますから。
 でもね、実は今日は僕ももうおしまいにしようと思ってます」

「リフレッシュも大切だから、追加の仕事をお願いしながらあアレですが
 できるのならそうしてください。休んでないですよね?」

「ありがとうございます。そうだ、メシいきませんか?」

「はい、ぜひ行きましょう。
 すぐに支度してきますから少し待っていてください」

「わかりました、じゃあ、僕今日車だから先に駐車場へ行ってます」

「そうしてください。駐車サービス券持って行きますから」

 地下の駐車場で顔馴染みの係員と冗談を言い合いながら出庫を待った。

「お待たせしました。はい、これ、5時間分で足りますよね」

「ありがとうございます」

(お待たせしました~)係員が出庫完了を告げた。

「乗って下さい」

「失礼します」

「どうも〜お疲れ様〜」窓を開けて係員に言った。

「お疲れ様でした」愛想のいい係員が会釈して手を振ってくれた。

「さて、何にしましょう?僕はとりあえず、何かハラに入れたいです」

「そうですね、ビール飲みたいけど、あっすみません、車でしたね」

「いいですよ、飲んでも置いていきますから」

「よかった!魚のおいしいお店があるんですが、そこへ行きましょう」

「いいですねえ、冷酒ですね。ナビしてください」

 地下の駐車場から出て、週末の繁華街を背にオフィス街へと車を走らせた。夕方の長い会議についての話しを少ししながら10分ほどで目的の居酒屋へ到着した。コインパーキングに停めて目当ての店の暖簾をくぐり小上がりへ案内されて、あえて生中はやめて、瓶ビールで乾杯した。オーダーは任せた。おしぼりとグラス1杯のビールでようやく落ち着いた。

「お疲れ様でした。
 来週から、それこそ寝る間もなくなると思いますが
 さっきお願いした件も含めて、どうかよろしくお願いします」


「こちらこそ。でも、大変ですね、毎日。帰ってますか?」

「なんとか。あぁ~、今日は少しリラックスしていいですか?」

「ぜひ、そうしてください。僕もその方が楽しめます」

「ですよね、じゃあ、気軽に話しをしますね。
 実は、我ながらうまくいったなと思ってるんですよ」

「何がですか?」

「ここまでの持ってき方が」

「ほほう」

「あっ、もちろん依頼した件はでっちあげたものじゃないですよ」

「はい」

「こういうのもいいじゃないですか」

「と、いうことは、これはまだほんの序の口だと」

「それはあなた次第ですが」

「僕に今夜これからのストーリーを作れと」

「作ってくれますか?」

「ストーリーをですか?」

「はい、お得意ですよね」

「実は、打合せ帰りの車の中とかで、時々想像して遊んでます」

「ほほう(笑) 例えばどんな?」

「結構あけすけだったりします」

「では、今日は脚本/監督/主演男優ということでお願いします」

「僕はカメオ出演が精一杯(笑) 君が主演女優というのならどんなストーリーでもできるよ」と答えたら彼女は身を少し乗り出して微笑んだ。

「うれしい。ではさっそく作品の企画会議を始めましょう」

 企画会議という言葉が出て僕はグラスに残ったビールで苦笑を喉の奥に流し込んだ。

「ネクタイを」

「ネクタイ?」

「そう、ネクタイを外すシーンをどう撮ろうかな」

「それは脚本次第ですね」

 と、わざと堅い言い方で彼女が答えたから僕も少し大袈裟に腕組みをして、う~んと唸って天井を仰ぎ見た。

 一夜干しの盛合わせの皿と、小さな七厘が運ばれてきた。青竹の中に入った冷酒と江戸切子のグラスも出された。ホタルイカと、フグと子持ちししゃもの干物が厚手の皿に上品に並んでいる。それらを一切れずつ網の上に乗せたら煙がもわっと立ちこめた。竹筒から冷酒をグラスに注いでもらって注ぎ返し、煙を肴にグイっと飲んだ。

「うん、では、ソファの背もたれには何が掛かっていると良いだろう?」

「どこのソファですか?」

 しまった。少し先走りしてしまったと思ったが、取り繕うより先に彼女が言った。

「どんな衣装かにもよりますね。ちなみに今日私は生足です」

「なるほど」

 気の利いた返しができず、網の上の魚たちをトングで返してごまかした。

 ほどよく焼けた魚と、キリりと冷えた竹酒は絶品だった。

「この先はどう描いてもだいたい同じだから、やはり会議室からここまでの流れをセンスよくまとめるのが良いように思います。いかがでしょう?」

 仰せの通り。

 もし、この出来事をストーリーにするのなら、始まりは午後5時からが良いか、それとも夜中から始まって、物語の発端の会議室のシーンはフラッシュバックとして扱うのが良いか、彼女を目の前にしながら、頭の中ではそんなことを考えて気もそぞろだった自分に、もっとちゃんと本気で集中しろと言い聞かせた。

2001/01/17


と、こういう適当な感じがいいよね。
書きっ放しという感じで(笑)

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