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【SS】列に並ぶ

その日、あたしはしがコラボしたクレープ屋さんの列に並んでいた。
クレープ屋さんの前には蛇のように折れ曲がった列が形成されており、あたしは早起きしたこともあって真ん中くらいに並ぶことができていた。

正直言って、列に並ぶのは少し怖い。
というのも、以前、列に並んでいたら急にあたしの前に横入りして並んできた女性二人がいたからだ。
当然、相手とは面識がないし、女性二人はごく自然な会話をしながらやってきたので、普通にあたしの前を通り過ぎるのだと思っていたのだ。
なのに、二人はあたしの前にやってきて、足を止めてあたしの直前に並んだ。それまで、全く列に並んでいなかったのにも関わらず。

勿論もちろん、あたしは二人に対して声をかけた。
ただ、声が小さかったのかどうなのか。女性二人はかまわず会話を続け、一人で並んでいたあたしには結局どうすることもできなかった。
ただ、モヤモヤした気持ちは残ったため、後日、SNSアカウントを外部から見られないよう内輪向けにして、当時の状況とモヤモヤした思いをつづってコメントを待った。
一瞬の後、ハートマークが数えきれないくらい送られてきて、あたしを気遣きづかうようなコメントが一斉に表示された。
愚痴を少し書いただけなのに、大量の反応があった。
それを眺めるのが気持ちよくて、あたしはしばらくの間、携帯を手から離すことができなかった。

今日は推しの公式が突発的にコラボを決め、告知も最近になって、数回しかされなかった。同時並行的にいくつも公式とのコラボが発生していたため、クレープ屋さんの前には思ったほど人が来ていなかった。
あたしの直前にはセミロングの金髪を一つに結んだ、あたしの二倍くらいは横幅がある女性が並んでいる。
正直言って、関わりたくないというのが、あたしの印象だ。
この前のようなことがなければ良いが、何かがあって飛びかかられでもしたら……。
ううん。考えすぎだろう。
列に並ぶことに対して不安を覚えているから、そう思うだけ。
あたしは心に巣食うモヤモヤをふり払った。

列が進んでいき、あたしは数歩前進した。
このままだと、推しグッズと推しをイメージしたクレープを食べられるまで十五分から二十分と言ったところだろう。
あたしは期待感に胸をふくらませた。

もう一歩。
列が前進する。
あたしは列に続くため、足を一歩前に進めた。

直前に並んでいた人が突然、ふり返る。
いや、顔だけがふり返っている。
シンプルな服装は依然、背中だけをこちらに見せているのに、顔だけが一八〇度に近いぐらいの角度でひねって、あたしを見ている。
背筋が凍るような思いがする。
あたしは瞬きもせず女性の顔を見た。
「どうして間を詰めてくるのよ」
女性の顔は言った。
あいだが近すぎるじゃない。こっちは、あんたとぴったりくっつき合って列に並んでいたくないのよ。もっと間を空けなさいよ。わからないの」

あたしは呆然ぼうぜんとした面持ちで女性の顔を見る。
女性の顔は、はっきりとあたしを見ている。あたしの顔だけを。

「すみませーん」
妙に間延びした声音で、男性があたしに近づく。
「進んでもらえますかぁ? あいだ、空いちゃっているんですよ」
よく見るとスタッフの男性だった。
彼の言うように、あたしと直前の女性の間には少し距離が空いている。
あたしは黙ってうなずくと、間を埋めるように進んだ。
気づけば、女性の顔は元に戻って、こちらを少しも見ていない。
空いた距離が詰まるのを見届けて、男性スタッフがどこかへ行った。
あたしは少し緊張した気持ちで直前に並ぶ女性の背中を見つめた。

何の変哲へんてつもない、普通の女性の背中だ。
無地のカーディガンを羽織っているため、精緻せいちな編み目が背中にどこまでも続いている。
どうして、さっきはあんな風に見えたんだろう。
あたしは不思議に思った。

「そんなの当然よ」
気づけば、女性の顔がまた、ひねるように回ってこちらを見ている。
「こんな所に一人で来ているのはあんただけ。見なさいよ、周りを。寂しいとか思わないの? 推しがどうとかじゃなく、自分の人間関係をふり返ろうとは思わないわけ」

何言ってるの?
あたしは疑問に思った。
何言ってるの、自分だって一人で並んでいるくせに。
何言ってるの、一体。

「気づかないの? まあ、自分じゃ気づかないでしょうね。あいだ、もっと空けてくれる? 誰かとぴったり寄り添って列に並びたくないの。もっと間を空けて。そう、もっと――」

「すみませーん」
男性の声が間近でした。
「間を詰めてくれませんか。あいだ、空いちゃっているんですよ」
彼の声からは不思議と相手を気遣きづかうような口調は消え失せていた。
どこか硬質な、慇懃無礼いんぎんぶれいな感じだ。
相手と距離を取っているような。

あたしはうなずいて、静かに足を進めた。
直前の女性がどこかおびえるような表情をして、こちらを見ている。
いや、多分、あたしの気のせいだ。

列は順調に進み、あたしはとうとう推しがコラボしたグッズとクレープを買うことができた。
すぐさま店から近い場所に行き、他の人がしているのと同様、携帯を取り出してグッズやクレープの写真を何枚も撮った。
勿論、萌え袖からキラキラしたビジュー付きのつけ爪をのぞかせながら写真を撮ることも欠かさない。
あたしのアカウントでは、こうした『イメージ戦略』が欠かせない。
写真をコメントともにアップロードすると、次々にハートマークの数が増えていった。

あたしはすぐに、ハートマークの詳細を見ていった。
いつも反応をくれるあの人や、中には、多忙のためかアカウントを動かしていない人までハートマークをつけてくれている。
ビジュー付きのつけ爪が画面をスワイプする度、あたしは嬉しい気持ちでいっぱいになった。
高揚した気分で、あたしはクレープをかじる。
美味しい。

クレープ生地のカリッとした旨味と生クリームのほどよい甘さ。何種類もの野菜と果物を香ばしく焼いたフレークが混じり、チップスのような食感と味わいが面白い。
ベリー系のソースも不思議と馴染なじんでいるように思う。
ミントが添えてあるのもヘルシーさと写真映えを狙っていて、そつのない演出。あたしの中では高得点だ。

食べ終えて、あたしはクレープを包んだ紙をクレープ屋さんのゴミ箱に捨て、両手を払った。
キラキラしたビジュー付きのつけ爪があたしの両手を依然いぜんいろどっているのを確認して、ふと、後ろをふり返った。
クレープ屋さんの長蛇の列はまだ続いている。
時間が経ったためか、あたしが並んでいたよりも、もっと多くの人が列に並んでいるようだ。
列を見ていると、なぜだかもう、列に並ぶ恐怖は頭の中から消し飛んでいた。
あたしは甘い充足感に包まれ、家に帰るために近くの駅へと足を向けた。



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