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ネタバレ創作考 2020年、最も完璧で今すぐ使えるプロット『クイーンズ・ギャンビット』

2020年にふれた作品群の中で、個人的に最も優れたプロットだと感じたのは『クイーンズ・ギャンビット』である。
また、この作品が話題となったことには別の意義がある。そしてそれがプロットの価値にもなっていることに注目すべきだろう。

どういうことか? まず、本作よりずっと斬新で複雑なプロットを誇るドラマ作品は、数多く存在する。三大ヒット動画『ブレイキング・バッド』『ウォーキング・デッド』『ゲーム・オブ・スローンズ』を筆頭に、たとえば『殺人を無罪にする方法』は巧みに時間軸をシャッフリングしたプロットで視聴者を翻弄し、『ザ・ボーイズ』『ユートピア』『アメリカン・ゴッド』などはプロット自体がぎょっとするほど衝撃的で、韓国の傑作ドラマ『キングダム』『秘密の森』などはとびきり熟練されたプロットを味わえる。

他にも数え上げればきりがないが、それら全ての作品に共通するものが一つある。それは世界的にずいぶんと長く続いた、「正しさの不正解」というテーマだ。

登場人物の誰もが正しいことをしたいと願いながら、ことごとく不正解に辿り着いてしまう。そして主人公自身が悲劇へとひた走るか、誰かがそうすることを止められなくなる。
混迷をきわめる時代において、あらかじめ「踏んではいけないルート」の数々を可能な限り見つけておこうとでもいうような努力がひたすらに繰り返されてきたといっていい。

事実をもとにしたドラマでも、たとえばイギリス王室を描いた『ザ・クラウン』などは、不正解にならざるを得ない人々をこれでもかというほど凝縮してみせる。第二次世界大戦の兵士を題材にした『リベレーター』も、長い戦いの末に、避けがたい不正解に直面しなければならなくなる。
『ゴッサム』や『ザ・ディフェンダーズ』シリーズといったヒーローものも同様で、むしろどこまで過酷な不正解に登場人物と視聴者が耐えられるか競っているようにすら思わされる。

そんな中、『クイーンズ・ギャンビット』は主人公が「正しさの正解」に辿り着くという、久々の王道プロットをもって登場し、そして話題となった。
私からすると、もしや長いこと続く暗い夜が終わりを告げようとしているのかもしれないと思われるほどの眩しさだった。観ている自分までもが救われ、人生で一つの勝利を得たかのように感じた人々も多いのではないか。

他方、『ストレンジャー・シングス』や『スタートレック・ディスカバリー』など、現代的な視点で思い切った構成や人物配置がなされ、かつ希望ある物語を示すものもある。

だが「正しさの正解」とは、言い換えれば「信頼に値する自分自身、信頼に値する他者、信頼に値する未来」を手に入れることであり、明白にそれらをプロットの目的としたドラマで、話題になったものは、私の知る限り、『クイーンズ・ギャンビット』が唯一無二である。

当然ながらそのプロットは細部にいたるまで磨き抜かれている。
そして実のところ、ここまで見事なものになると、他の書き手がいくらでも応用できる素晴らしい「方法」となってくれるのである。

(『クイーンズ・ギャンビット』の原作者は、かつてビリヤードを主題とした『ハスラー』で知られたウォルター・デイヴィスである。どちらの作品も映像化されており、ドラマ『クイーンズ・ギャンビット』でも、映画『ハスラー』のプロットに似通ったところがある。過去の例が、プロットを一段上にすることに貢献したのかもしれない。)

さて『クイーンズ・ギャンビット』におけるプロット法を名付けるなら、「登場・退場・再登場」法といったところだろう。

主人公が「正しさの正解」に辿り着く上で、適切な人物・不適切な人物が、交互に現れては去り、また現れる。あるいは適切な人物が不適切に変化し、その逆もまた起こるということが、プロットの骨格をなしているのである。

このプロットを崩さないよう、人物や世界設定といった要素を入れ替えるだけで、あなたの好きな(希望に満ちた)物語が作れる。
ファンタジーだろうが時代ものだろうがミステリーだろうが、なんにでも使える。
王道とはそのような万能のプロットのことをいうのであり、過不足なく整えられたそれは、万人に物語という普遍的な価値を学んで吸収させる力を持つのである。

以下、具体的にみていこう。

□登場人物 主人公にとって「適切」「不適切」を付記
ベス 主人公 
アリス 主人公の母。「不適切」
ポール 主人公の父。「不適切」
ヘレン 養護施設の責任者。「不適切」
ロンズデール 養護施設の女性。「不適切」
ファーガソン 養護施設の男性。「不適切」
シャイベル 養護施設の用務員。「適切」
ガンツ 高校教師。「適切」
ジョリーン 養護施設の親友。「適切」

アルマ 養母。「適切」→「不適切」
オールストン 養父。「不適切」

マットとマイク 大会受付。忠告者。「適切」
タウンズ 初恋の相手。忠告者。「適切」
ベルティック 最初の強敵。忠告者。「適切」
ベニー 二人目の強敵。忠告者。「適切」
ジョルジ ロシア人少年。ベスの鏡映し。「適切」
ルチェンコ 心の師。(シャイベル死後の同位置。師弟対決の代替。卒業を言い渡す立場)「適切」
ボルゴフ 最大の強敵。ベスの人生を脅かす脅威者。「適切」

マーガレット 高校の同級生。「不適切」→「適切」
マヌエル 養母アルマの一時の相手。「適切」→「不適切」
ヒルトン ベニーの友人。「適切」
アーサー ベニーの友人。「適切」
クレオ モデル。ベニーの友人。「適切」→「不適切」→「適切」
教会 ベスを経済支援。代わりに政治声明をしいる。「適切」→「不適切」
政府役人 ベスを監視。国家貢献をしいる。「不適切」

詳細シーン
#1オープニング
・冒頭 主人公ベス、ボルゴフの登場。
「ベス」の酒浸りで寝坊する「破綻的な面」、「チェス盤」の前に座る「ボルゴフ」、「大勢のギャラリー」を示し、これが何の物語であるかを端的に示す。
またこれは、のちにベルティックがベスとの初対戦時に寝坊するシーンにもつながる。チェスと「自己コントロール」が不可分であることを示し、ベスの状態が「適切」か「不適切」か視聴者に伝わりやすくする効果がある。
・冒頭2 少女時代のベスの登場、母アリスの退場。それまでいた世界から別の世界へ。
 世界を睨みつけるようにして立つベスと、母が死んだ事故現場を示す。ベスだけが生存したことが「奇跡」かどうか、つまり「適切」か「不適切」か、わからないとする警官のセリフで、今後のベスのテーマを端的に示す。
・冒頭3 養護施設の面々、ジョリーンの登場。
 養護施設の面々が、ベスに同情的ではあるものの、父親について「どうせ身を滅ぼした」といった予断を持つ人々であり、ベスにとっては「不適切」であることを示す。
 ジョリーンの登場と、ベスの薬物依存の始まり。今後のベスに切り離せないものの提示。
 薬物との距離を示すジョリーンの「適切」を描写。
 数学の才能を持つベスを描くと同時に、死んだ母アリスの「不適切」を描写。
・冒頭4 シャイベルの登場、チェスを知る。
 最初の師となり、父代わりとなるシャイベルの登場。
 ベスが身につけるべきマナーと知識を教えるシャイベルの「適切」を描写。
・冒頭5 「天井に浮かび上がるチェスの駒」というベスの世界が登場。最後の勝負につながる。これを薬物抜きで見出すことで「信頼できる自己自身」を得ることになる。
 シャイベルに勝つことで、シャイベルがガンツを呼ぶ。
・冒頭6 高校教師ガンツの登場、チェスクラブへ。学校というまた新たな世界へ。
 シャイベルとガンツに勝つことで、チェスクラブの面々との勝負へ。
 勝負に薬物が必要なベスの「不適切」と、チェスの才能を示す「適切」を同時に描写。ベスが今後、どちらに傾くかというテーマを明示。
 チェスクラブの面々に勝つが、薬物という「不適切」へ偏るベス。

#2エクスチェンジ
・ベス、薬物とチェスという「不適切」と「適切」の両方をいったん封じられる。
・養父母の登場。
 養護施設の面々の退場。シャイベルの退場。ジョリーンの退場。
・養父オールストンの「不適切」を描写。
・養母アルマの失われた夢、死んだ子ども、「適切に」になろうとする態度を描写。
・マーガレット登場。ベスを異端視する存在として「不適切」を描写。のち各所でベスが自立する「適切」の描写の補強として再登場を繰り返す。
・アルマから買い物を頼まれたことで、薬物とチェス(雑誌)という「不適切」と「適切」が復活。
・シャイベル再登場(手紙)。5ドルを得てチェス大会へ。
・チェス大会でその後の主要人物の大半が登場。
マットとマイクの兄弟の登場。チェスにおける最初の忠告者となり、のちに友人となる。
タウンズの登場。忠告者となり、のちに初恋の相手となる。
ベルティックの登場。最初の強敵であり、のちに忠告者となり救助者となる。
・養父オールストンの退場。
・アルマが「母」となり、薬物と仕事としてのチェスという分かちがたい「不適切」と「適切」の二つが継続的にベスへ提供されることになる。

#3ダブルポーン
・母アリスの「適切」と「不適切」の境目を描く。
置いて行かれるベスと母が戻ってくる様子を描写。ベスにとって大切な相手であるが、同時に不安の影をもたらす存在であることを予感させる。
・ベスとアルマの生活。薬物とチェスとお金の三つが切っても切り離せなくなる。その後のベスの生計のありかたが形作られる。
・アルマ、「母」かつ「エージェント」に。母子であるが、夫婦の代替(ベスが稼いで母の暮らしを支える)の関係に。
・アルマの飲酒を通して、その後の「不適切」を描写。
・全米オープンへ
マットとマイクの再登場。ベスにとっての本当の友人に。
タウンズの再登場。ベスの初恋の相手に。
ベニーの登場。ベスに最初の敗北を与え、他者の価値を示す存在に。
・マットとマイク、タウンズ、ベニーの退場。
 ベスとアルマが互いを支え合う「不適切」をふくみつつの「適切」を描写。今後どちらに偏るかわからない状態に。

#4ミドルゲーム
・ベスの成長。
大学、ロシア語、パーティー、初体験を通して、アルマからの親離れの端緒を「不適切」をふくみつつの「適切」として描く。
・メキシコシティでの大会。
 マヌエルの登場。アルマの子離れの端緒を「不適切」をふくみつつの「適切」として描く。
 ロシア人の少年ジョルジの登場。ベスに幼い頃の自分を自覚させ、ベスの成長と将来を「不適切」をふくみつつ「適切」として描く。
・「不適切」への変転。
 マヌエルの退場。アルマの傷心と飲酒が死の予兆に。
 ボルゴフ登場。エレベーター内での会話からベスの人生を破壊しかねない脅威者として描写。
 ベスの敗北とアルマの死を「不適切」に傾く契機として描く。
 養父オールストンの再登場。家の譲渡について「不適切」に傾く契機として描く。

#5  フォーク
・母アリスの「不適切」を描写。母がベスに「孤独」と「特別な存在であること」をしいる暗い影であることを示す。
・ベルティックの再登場。ベスを孤独から救おうとする「適切」を描写。
・ベルティックの退場。ベスの才能についていけず、またベスが孤独を保って愛を受けつけないことを悟ってのこと。ベスが今後「不適切」に陥ることを予期して忠告するが、ベスにはまだ理解できない。
・オハイオ大会
 ベニーの再登場。早打ちでのベスの敗北。大会でのベスの勝利。揺さぶりに耐えて勝つベスのプレイヤーとしての成長を「適切」として描写。
 ベニー、ベスに飲酒と孤独について忠告。アメリカ人の単独主義とソ連のチーム主義というテーマを提示する前段として。
 ボルゴフという強敵への対抗心を共有し、ニューヨークにいるベニーと同居するベスを、「不適切」をふくみつつの「適切」として描写。

#6  中断
・母アリスの「不適切」を描写。「教えたがりの男」に対する反発を促す(だが母自身は自立できず)。
・ベニーの友人、ヒルトン、アーサー、クレオの登場。のちにチームで戦うこと、ベスが彼らの輪に入ることを「適切」に描写。
・ベニーを打ち負かすベス。
 ベスのほうが優位となって結ばれる。愛ではなく男性存在への優越が先走ることで「不適切」をふくみつつ「適切」であることも描写。
・パリの大会へ
 いったんベニーらが全員退場。
 クレオの再登場。過度な飲酒のきっかけに。#1冒頭のリフレインへ。
 ボルゴフとの二度目の対決。
 自己コントロールに失敗したベスの敗退。ベスが一挙に「不適切」へと転落する契機として描く。
・ベニーの忠告を無視して孤独を選ぶベス。ベニーらの退場。孤独という「不適切」へ。
・養父オールストンの再登場。ベスの経済苦という「不適切」をもたらす。
・酒浸りとチェスの放棄いう「不適切」へ。
・ベルティックの再登場。その忠告を無視するベスの「不適切」を描く。
・ベニーも同様。
・孤独、経済苦、酒浸りがきわまったベスのもとへ、ゆいいつ説得可能な人物であるジョリーンが再登場。

#7  エンドゲーム
・母アリスの「不適切」を描写。夫に見放されてベスとの心中を決める。#1リフレインへ。
・ジョリーンからシャイベルの死が告げられる。
 ジョリーン、薬物や飲酒に関してベスに「不適切」を自覚させ、「自分が掘った深い穴」から出て「適切」へ傾くよう促す。
・養護施設の人物再登場。養護施設との再会(対決)と訣別という点で「適切」へ。
 シャイベルと幼い自分の写真が、シャイベルの再登場の代わりとなり、心の支えとなってベスを「適切」へ促す。
・支援者である教会から共産主義否定の声明を頼まれ、資金援助とともに断るベス。経済苦という「不適切」をふくみつつの自立という点での「適切」へ。
・ベニーの再登場。支援を断られる。今までの他者への仕打ちを自覚する点で「適切」へ。
・ジョリーンの経済支援。信頼に値する他者を得る「適切」へ。
・モスクワ大会
 政府役人の登場。国家貢献をしいる点で「不適切」に、対してベスの自立を描く点で「適切」に描く。
 ロシアのファンたちが登場。ベスの勝利に意義を与えるものとして「適切」に描写。
 ルチェンコ登場。シャイベルの死後、ベスが経験すべきだった師弟対決の代わりとなり、勝利と巣立ちをベスに与える相手として「適切」に描写。また、ルチェンコとボルゴフたちがチームとして戦っているのに対し、ベスに孤独を自覚させる点で「適切」に描写。だがまだベスは「一人」で勝たねばならない。
 母アリスの影を乗り越えるベス。ここで初めて、「信頼できる自己自身」「信頼できる他者」「信頼できる未来」へ手が届くようになる。
 ボルゴフの再登場。三度目の戦い。過去の戦いを踏襲して中断へ。
 タウンズの再登場。初恋の傷心を乗り越えた「適切」を描写。
 ベニー、ベルティック、ヒルトン、アーサー、クレオの再登場。チームとして戦う意義が再び語られる「適切」を描写。
 以上、ベスが「信頼できる他者」を獲得したことを示す。
 ボルゴフ、しかしベスが得た「他者」の力を上回る手を打つ。
 ベス、薬物に頼らず天井にチェスの駒を観ることで「信頼できる自己自身」を獲得したことを示す。
 ボルゴフに勝利し、称えられる。自分を見捨て続けた父性との抱擁と和解。
 モスクワの街角で、チェスを愛好する人々に迎えられ、ベスがようやく「信頼できる未来(世界)」を獲得したことを示す。

ではこのプロットを、誰でも使えるよう、さらに単純化しよう。

1冒頭 主人公が中盤で経験する課題・危機・対決を先取りして見せる。
2主人公が、それまでいた世界から別の世界へ。
3別の世界で「不適切」な人物、「適切」な人物が登場する。
4主人公が、別の世界で「信頼できる自己自身」「信頼できる他者」「信頼できる未来」を獲得するための手段を見つけるが、それは獲得すべきものを失わせてしまうものとセットか裏表である。
5「適切」な人物として最初の師と友が登場する。
6主人公が、さらに別の世界(これから生きていく世界)へ。
7主人公が、いっとき手に入れかけた手段を失うか封じられることで、かえって獲得すべき「信頼できる自己自身」がいかなるものであるか再確認される。
8さらに別の世界で、「不適切」な人物、「適切」な人物がそれぞれ登場する。
9主人公が、「適切」な人物によって再び手段を得るとともに、最初の目標となる相手もしくは人々が登場する。
10主人公が、その手段で最初の目標を乗り越える。その相手・人々はのち「適切」な人物となり、「信頼できる他者」となる。
11主人公が、「適切」に手段を行使する上で、「不適切」が切り離せない状態が続く。
12主人公が、「不適切」へと必ず傾くきっかけとなる人物が登場する。
13主人公が、12の人物のせいで、極端に「不適切」へ傾いてしまう。
14 9~13が繰り返される。
15主人公の最大の危機において、5で得た師と友が再登場する。
16主人公が、師と友の支えを得て、13を乗り越えるための最後の挑戦へ向かう。
17主人公が、13を乗り越える前の課題となる、師弟対決などを乗り越える。
18主人公に13を乗り越えさせるすべく、9の相手・人々が再登場し、主人公は「信頼できる他者」を獲得する。
19 13を乗り越える過程で、4、7、9をリフレインしつつ、主人公は「信頼できる自己自身」を獲得する。
20主人公が、13を乗り越えたことで、「信頼できる未来(世界)」への道のりが拓かれたことが示される。

この20の段落に従って自分なりに書いてみるだけで、かなり骨組みがしっかりした物語を作ることができるでしょう。物語を書くことがお好きな方はぜひトライしてみてほしいと思います。

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