21.悪徳弁護士が出版した「ガイドライン」

21.悪徳弁護士が出版した「ガイドライン」
 
世の中には有害図書と呼ばれるものがある。書籍は知識の源とも言われ、本を読む事は大切だよと学校でも推奨されるが、中には性を商品化するような低俗図書もあるわけだ。とは言え全てを否定する事はあるまい。別に擁護するつもりもないのだが、需要のないところに供給はない。それに何らかの事件などを契機にその書籍の描写が犯罪を招いたなどと批判される事もあるが、それは書籍や著者が悪いのではなく、判断を誤った当事者の責任だ。
 
しかしながら悪書・有害図書は何も性的なものや、違法行為の推奨というものだけではない。むしろ「正当な行為」を装って、世の中に被害をもたらすものが本当の意味での悪書・有害図書ではないのか。
 
今回はその最たるものを取り上げよう。宣伝になってしまうからいささか気が引けるが、悪本の紹介を通して自称子どもの人権派の正体を暴露するのが目的だ。
 
その本とは、新日本法規出版から刊行されている「ガイドライン 多様な生活環境にある子どもへの対応-障害・不登校・生活困窮・児童虐待・外国人など」である。その著者がなんと極悪弁護士・木村ウソツキ真実(共著)なのだ。
 
新日本法規出版は、社名からも分かるように法律関係の書籍を主軸とする出版社である。世の中に法律は多くあり、その全てを知る事は不可能と言っていいが、日常の生活の中で余り馴染みのない分野などでも、法律については「知らなかった」で済まされない事が往々にしてある。
 
そうした事で不利益を被らないように専門家の立場からのハウツー本と言うのは貴重ではあるが、法令の悪用の勧めであってはならないはずだ。法律には条文やその前文に於いてその法の精神などが書かれる事がある。しかしそれらは全ての法と照らし合わせると整合性がないという事も起こる。
 
例えば国民の義務だが、教育の義務(憲法26条)、勤労の義務(憲法27条)、納税の義務(憲法30条)の3つが憲法にも明示されており、これが国民の三大義務とされる。
 
しかしながら昨今のコロナ禍で医療が逼迫したが、あらためて注目されたのが医療従事者、とりわけ看護師の不足である。看護師は女性が多いという特性から家庭と仕事の両立が難しく、有資格者であっても仕事に従事出来ないと言うケースが往々にしてある。
 
そうした事情を踏まえて我が国では看護師等の人材確保の促進に関する法律(平成4年法律第86号)が制定されたが、その第7条に於いて「国民は、看護の重要性に対する関心と理解を深め、看護に従事する者への感謝の念を持つよう心がけるとともに、看護に親しむ活動に参加するよう努めなければならない」としており、言うなれば「看護師に感謝する義務」を国民に課しているのだ。
 
この木村ウソツキ真実が著者である「ガイドライン 多様な生活環境にある子どもへの対応-障害・不登校・生活困窮・児童虐待・外国人など」という書籍のどこに問題が潜むのであろうか。
 
先にも記したように法令などにはなぜこの法令を制定するのかと言う精神が書かれている事がある。我が国の憲法前文などが代表例であろう。また近年、精神医学の発達で従来とは異なる視点からの支援の必要性が知られるようになり、各種の支援法などが制定されているが、そうした支援法に於いては「国民全体での支援」という事が必ず明記される。精神障害に限らず、あらゆる障害と言うものに於いて当事者が社会へ自然に受け入れられるためにも当たり前の事であるが、こうしたものを社会的コストと捉える向きがある事も確かな事なのだ。
 
この木村ウソツキ真実という御仁、子どもの専門家などと標榜し、その事は自身の経営する法律事務所、日野・子どもと家族法律事務所のホームページなどでも記されているが、正しくは日野・子どもと家族破壊法律事務所とする方が妥当な不祥事も起こしている。中等少年院送致となった少年の抗告審に於ける付添人の手続を失念してしまった件などはまさに怠慢と言う程度で片付くものではない。
 
名誉欲みたいなものは一人前で八王子市のスクールロイヤーなどを歴任しているとするが、斯様な実態が明らかな失当な人事と言わざるを得ない。
 
そもそも多様な問題を抱える子どもたちへの支援、これに従事する当事者の中で一つの合意と言っても良い大前提がある。それは「ガイドライン」のように一定の基準を決めて四角四面の対応をしてはならないと言う事だ。
 
つまり「ここまでやっておけばよい」あるいは「この程度の事はやっておかなければならない」。一言で言えば障害や様々な困難について、それらを社会的コストとして排除する姿勢。これが「人権派」なるものの正体なのだ。この書籍の著者、つまりは木村ウソツキ真実についての下りで「子どもの福祉の相談業務に携わる弁護士」という部分がある。ここで言う子どもの福祉とは何なのであろうか。
 
世界的な発明家として知られるエジソンも、現代の研究では発達障害であった事が確実視されている。幼少期は様々な問題を起こす子であったとされるが、その子を徹底的に守り抜いたのが母親だ。もしエジソンの幼少期に木村ウソツキ真実のような似非専門家に「ガイドライン」なる基準を設けられ抑圧されていれば、正規の発明家・エジソンは歴史の闇へ消えていた事は間違いない。
 
当時のエジソンの母親のとった行動は確かに周囲との軋轢を招きかねない部分がある事は(現代的な価値観で言えば)確かな事であろう。だからと言ってそれは全てが間違いと言う事ではない。エジソンと言う個性に向き合う事が出来たのはやはり母親という部分が大きい事もまた明らかなのだ。
 
母親だって素晴らしい人ばかりではない。しかしガイドラインの名のもとに「排除」する事が出来るのだろうか。
 
しかも「嘘をついて」まで。
 
確かに政府や行政の通知と言ったものは、分りにくくて「何をしなければならないのか」を今一度確認すると言うややこしいものがある。だからと言ってガイドラインと言うもので解決しない事も確かである。
 
そもそも、カネのために子どもたちから母親を引き離すために
 
警察官が3、4人がかりでも止められなかった、とする母親である私は精神異常者で「街に猛獣を放つ」ようだと主張し(日本の警察官はそんなにも弱いのか)
 
私の息子が虐待され「PTSDからADHDになった」
 
などと訳の分からない発言をしていたウソツキ真実君がガイドラインなるものを出版するなどとは、二枚舌にも程がある。
 
ウソツキ真実よ、このブログの読者とともに今一度「エジソンの個性を守ったのは実の母親だ」という部分を思い出せばいい。
 
子どもを本当に守れるのは誰なのかと言う事を。
 
真実 と言う名前はこの輩には罪深い。可哀そうに。

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