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第3部 10.事件は偶然ではなく仕組まれた必然だった(1)

第3部 実際に、あの時何があったのか?
 
10.事件は偶然ではなく仕組まれた必然だった(1)
 
2013年(平成25年)8月10日 土曜日 
元夫である相手方、次兄らによる子どもの誘拐(実子誘拐)
2013年(平成25年)8月12日 月曜日 
まさにタイミング良く出てきた(詳細は後で記載する)相手方への傷害事件
 
これらは日時もはっきりし、公式な記録も残っているから、全てがここを拠点とされてしまう。
しかし、いずれにしても「いきなり起こる」ものではなく、そこへ至る背景がある。
 
私が相手方と出会ったのは、私の母親が亡くなった年の暮れである。相手方は前妻との2人目の子どもが生まれて間もなくの頃であったが、当初は前婚家庭があることを隠していた。少なくとも相手方は、その当時に法的な妻があり、女性をもし妊娠させればどうなるかぐらい考えなければならない。
 
私は大学時代に中絶を経験している。母親からは「うちはお金がないのだから無理して大学に行く必要がない」、「女は大学へ行く必要がない」、「親が子どもの面倒を見るのは本来は中学生までだから早く出て行け」と毎日言われていたから、大学時代に妊娠したことを相談できるような家族関係では全くなかった。そんなことを言ったら「だから大学なんて女が行かなくて良かったのに」とか「わざわざ大学まで行って」などと責められるのが分かっていたからだ。相手方には以前の中絶の事を伝えていた。もう同じ思いはしたくなかった。しかし、相手方はそうではなかった。以前にも中絶があって「なぜ俺ばかりを責めるんだよ」と吐き捨てるように言われていた。前に経験済みなのだから何かあっても仕方がないくらいの思いだったのだろう。だから、再び大きく傷つくことになる。相手方が普通のサラリーマンなら、カネの切れ目が何とやらだが相手方は稼いでいた。平成13年の9月に44人が死亡する大惨事の歌舞伎町ビル火災が起き、翌年消防法が改正され、いわゆる自火報バブルがあった。より小規模な建物にまで設置や点検が義務付けられたのだ。戸籍謄本によると、その時期は前婚家庭での最初の子どもが誕生した直後の事だった。羽振りのいい相手方は相当に遊んだのだろう。まあ機を見て独立し、多くの収入を得ると言うのは決して間違ってはいない。時期から言っても、前妻が出産直後で、夜の営みもどうだったかまでは分からんが、なくなる時期でもある。そして2人目が誕生した同時期が私と出会う時期にも重なる。
 
だから、私との婚姻に於ける最初の相手方の離婚画策は、実子誘拐の決行日を考えると出産した私の2人目の子である長女の誕生前であると推測できる。つまり出産した最初の子どもである長男の誕生~1歳過ぎる頃までだ。或いは長男を妊娠中期頃(平成22年の夏前)の可能性もある。相手方は長男が出来たと言うのに、私とはなかなか入籍しようとしなかった。法的な婚姻をしたのは、長男が誕生する直前の臨月だ。今思うと「仕事が忙しいから」というバカみたいな言い訳に虫唾が走る。このときは婚姻前だから離婚ではないのだろうが。
 
中絶は母体に与える影響が極めて大きい。そう言う事は私も当然に知っている。特に出産経験がないまま中絶を行うと流産の可能性は顕著になる。あらぬ推測かも知れないが、相手方はもしかしたら流産を待っていたのかもしれない。しかし、私は無事に男の子を出産した。相手方は臨月或いはその前くらい(6か月を過ぎると自然流産の可能性は極めて低い)に観念しただけであろう。だからこそ、この時は周囲が手伝う事もなかった。長女の時は臨月、出産に際して長男の世話という事情があったにせよ、普通は周囲が「自主的に」手伝う。
 
相手方にはワーカホリック的な側面があった。決して悪いと言う意味だけではない。自営業とは言え「請負の賃仕事」では、急な施行の変更と言うのは極めて難しい。元請からしても「都合よく使える末端業者」の方が都合がいいからだ。感染症が蔓延する現代では熱がある時に出てこられては困るという風潮も生まれたが、当時は全く異なる。「熱が出たぐらいで休めない」と言うのが「請負の賃仕事」の宿命なのだ。一方で前もって仕事の受注を組み立てておけば、ある程度の融通が利くのも自営業である。無論、有給休暇などはなくその分の収入は減るワケだが、「お盆」期間にも密着し取引先の了承は得やすい。
 
ここから「実子誘拐」の決行へと繋がる。
あの日、何が起こったのか。その経緯について順を追って丁寧に説明しよう。
 
繰り返すが、実子誘拐が決行されたのは2013年(平成25年)8月10日の土曜日。このとき長男は2歳9ヵ月、長女は生後たった3ヵ月の母乳育児期。この日に相手方が池袋の別宅から久しぶりに帰宅した。この別宅に関しては相手方自身が「一人の時間が欲しかった」とその別宅の存在を認めている。相手方の久しぶりの帰宅を出迎えると、相手方はなぜか私を無視し無言で2階の部屋に閉じこもる。 ①ここでまずは私を挑発して怒るように仕向ける(けしかける)。私はキレイ好きな相手方の履物に灰(チラシの燃えカス)を入れる。このことは当時の相手方の供述調書にも「チラシの燃えカス」と言う事がはっきりと記述されている(これが後に「放火」にすり替わり、子どもを焼き殺そうとしたことになっている)。私は乳幼児期の長女の面倒を「ドア越しに」頼み、気分を落ち着かせるために長男と買い物へ行く。その時間はわずか30分~40分程度。長女へ母乳を与えるために長男と帰宅すると、②その僅かな時間の不在の間になぜか家の前に数台の警察車両(パトカー)が止まっている。警察が言うには、相手方が「通報」し、長女は「安全のために」保護したとのこと。これは東大和警察の記録にもはっきりとあるはずだ。そして③なぜか家の中は壊れた家具で散乱していた。私は何が何だが分からず、警察と言い争う。すると④一緒にいたはずの長男までがいなくなっていた。⑤私は相手方の「計画通り」に逆上する。その後、警察を介して長女は返してもらうが長男は元夫の相手方宅だと言う。言うまでもなく、あくまで私としては母乳育児中だった長女だけではなく、イヤイヤ期だった長男も返せという思いだけだった。⑥8月12日、私が長男も返してもらいに兄宅へ行った際に、相手方が「まさにタイミング良く」出てきたがこれは偶然ではなく「必然」の結果である。相手方の兄夫妻が「偶然在宅」と言う事も考えにくい。実子誘拐から2日後の事件に関して、相手方は家庭裁判所で「私を殺そうとした悪質さ」と主張している。
 
当日私が近隣スーパーまで長男と2人で買い物に数十分、どんなに長くとも1時間はかからないわずかな外出時に相手方により警察を呼ばれていた。当時の相手方供述調書に拠れば当日久々に帰宅した相手方の外出妨害、言ってしまえばキレイ好きであった相手方の履物に「チラシの燃えかす」を入れたのは確かに私である。これは、確かにいたずらであろうが、当時相手方はめったに帰宅せず、帰宅しても違法賭博パチンコに出かけた(実際どうかは不明)として在宅する事は珍しかった。
 
この前後の経緯からも既に婚姻関係は事実上破綻している。相手方は供述に際しても「チラシの燃えかす」がいつの間にか「放火して子どもたち諸共焼き殺そうとした」などと蒙昧な主張へ変貌し、警察官3~4人で止められない凶暴な女、一人で暴れまわっていたなど荒唐無稽な話へとすり替えられていく。さらに前後の矛盾を切り崩せば「自宅近隣には湖や川があり」とまるで子どもとの心中を図るかのような記述まで出てくる有様である。契機となる子どもの連れ去りに於いてもわずかな時間の外出で警察が呼ばれ、口論の際に長男が引き離し、事前にも長女を連れ去っているが、その協力者は相手方の次兄夫妻であると相手方自身も供述調書で言っている。如何に近隣に在住とは言え「事前謀議」があった事を如実に示す証左だ。
 
そもそも2013年(平成25年)8月10日と言うのは土曜日だ。めったに帰宅しない相手方がこの日に限って帰宅した。誘拐を実行するためだ。相手方は自営業である程度仕事をコントロールする事が出来るのだろうが、所詮は請負の賃仕事で自らが何かを生み出しているワケではない。得意先というか取引先、そして施行先がある事になるがお盆の時期は得意先も休みであり、ちょうどこの日を狙ったと考えれば、まずは「辻褄」が合う。
 
そして登場人物。次兄・英明やその妻・豊美といった「役者」が「わずかな時間で登場」している事も明らかだ。以下に近隣とは言え、「事前の打ち合わせ」なしに急に現れることは考えられない。そしてもう一人「黒幕」がいる。これまでに「影の女」とずっと書いてきたが、2020年(令和2年)11月の調査報告書で明るみに出た内妻というか愛人だ。この時(事件の段階)と今の愛人が同一人物であるという可能性は極めて高い。そもそも帰ってこないのは池袋に物件を借りていたからと相手方自身も認めているが、取り戻し請求で判明したソシエ西池袋のマンションも「会社名義で借りている」という。なぜ池袋なのかという事が相手方の仕事とは結び付かない。まあ普通に池袋近辺に女がいたことは想像に難くない。何しろあの女グセの悪い元夫だ。
 
自称人権派弁護士に拠る「居れ知恵」は吐き気がするほど悪質で恐ろしい。上記の①~⑥の流れだけでなく、⑦相手方は私が継父のもとに一時的にいたときに 「郵便通帳をゼロ」 にして 着払い にて私の元に送付してきたが、この「やり口」も他の当事者とピタリと一致する。そして⑧保護命令に離婚調停。
 
そもそも離婚係争の段階で相手方のもとに子どもはいたから裁判では「圧倒的に有利」になる。だから傷害事件も「事件化」されたのだろうが、子どもがいれば当然に仕事に差し障る。ただ、その段階では岩手の老婆トキヱは出てこず、幼稚園への車での送り迎えや仕事の際の面倒は次兄・英明とその妻・豊美と言う事になっているのだ。そして、その謝礼としていくばくかを支払っているという記述が間違いなくある。無償なら問題ないが有償なら道路運送車両法や道路交通法に違反する。まあ、裁判では監護補助者としては兄弟の地位は低い。次兄・英明にすれば血縁が取り敢えず有る甥っ子、姪っ子ではあるが、豊美にしたら他人の子。しかも豊美は相手方の前妻の友人でもあったし、当然に蟠りもあろう。
 
私としては相手方と交際時・婚姻時に他の血縁の子と言うのがいなかったから相手方との前妻の子を面倒見てほしいと軽々しく言われた時に「無理だ」と言ったが、他の女との間から生まれた子でも女にすれば自分の子とすることもできる。なぜなら20代ならお相手は好いた惚れたでいいのだろうが、子どもがいてある程度の年齢になれば結局は「打算」だ。私はとてもじゃないが相手方が前妻との子を「あいつと別れるから面倒を見れるか」と言ってきたときには断ったが、連れ子のいる「その女」にしてみれば渡りに船だろう。そうでなければ間もなく3歳、3か月の乳児を引き離して自分で面倒が見られるはずもない。
 
相手方の主張はコロコロ変遷しているが、誘拐実行当日は「席の事で口げんかした(虚偽)」が、「激しい暴行の末」や、チラシの燃えカスが「放火」、「警察官3、4人でも取り押さえられなかった」などと目まぐるしく変わり、挙句の果てには近隣には川や湖となる。
 
これだけを見ても「下手糞なシナリオ」と言うのが良く分かる。
 
そして登場するのが岩手の老婆トキヱである。調査報告書ではそれまで子どもの面倒を見ていたとしていたトキヱを、今の愛人と同居するようになったので岩手に返品した事になっているが、マザコンがそこまでするだろうか。元々その愛人がいて、たまに岩手から来ていただけであろう。
 
誘拐当日にしても、警察としては通報があれば出動せざるを得ない。常識的に考えてだ、買物だろうが何だろうが出かけて何時間も帰ってこないと言うのであれば理解もできようが、30分長くて1時間。その間に長女はいなくなるわ、帰宅したら警察車両があるわで考えがまとまるか!バカでも分かる。見事に乗せられたと言う外はない。
 
そして事件当日にしてもだ。確かにケガさせちゃマズい。傷害事件を起こすなんて嫌ね~と言うのが「普通の見方」なんだろうし。とは言え制止を振り切ってとかそう言ったものではない。そもそも相手方は「車を移動させようとして偶然表に出た際に」とか供述してるが、偶発的に起こり得る可能性を考えたら極めて可能性は低い。
 
ここは何度も反証してはいるが、やはり事件があったと言う事は重い。まんまと乗せられたにしても、正直なところ立証は難しい。常識・常識と何度も言うが、その常識が通じないのも裁判所であったりする。確かに傷害罪は親告罪ではなく、ケガをさせたと言う事実があれば警察も検察も動かざるを得ない。
 
こうした矛盾を指摘してから出てきたのは「近隣には川や湖があり」と言うように子どもと心中するか、或いは子どもを殺そうとしたかの陳述。このシナリオを作り上げたのは木村ウソツキ真実と谷口朋子だ。
 
全てが相手方に利用された。
 
推理小説の読み手同士で「絶対やってはいけない」とされるのが結末を話す事。ただそのロジックに於いて一番利益を得るものが「真犯人」だ。

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