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第33回「小説でもどうぞ」応募作品:子猫ちゃんこわい

第33回「小説でもどうぞ」の応募作品です。
テーマは「不適切」です。
私としては、このテーマはとても難しかったです。
なんとかかんとかひねり出したという有様なので、納得の結果ですね。

子猫ちゃんこわい

「たすけてー!」
 お父さんが大声で悲鳴を上げる。なにが起こっているのかというと、手のひらに乗るほどちいさな子猫が、三匹ほどお父さんの脚によじ登っているのだ。
「はいはい、ごはんの時間だよ」
 泣きそうになっているお父さんの脚から、お母さんが子猫たちをつまみ上げてソファの上に座る。お母さんが子猫たちを固定している間に、私はミルクをたっぷり入れたシリンジで、子猫たちにミルクを飲ませていく。
 ミルクを飲ませると、子猫のおなかがぽっこりと膨らんでいく。これくらいの子猫のうちは、傍目にも満腹になったかどうかがわかりやすくていい。
 おなかいっぱいになって満足した子猫を、お母さんがお父さんに渡していく。ミルクを飲ませたあとにはトイレのお世話をしないといけないのだ。
 トイレのお世話は、ミルクを飲ませるよりもむずかしい。濡れたコットンで子猫の股を刺激してお世話をするのだけれど、いまだに私はおろかお母さんもうまくやれない。
 トイレのお世話に限らず、子猫の扱いはお父さんが一番うまいし詳しいのに、お父さんはいざ子猫を手につかむと、へっぴり腰になってしまう。
「ヒィィ……こわいこわい……」
 力加減が難しいのか、お父さんが子猫をつかむ手をぷるぷると震わせなが子猫用の猫砂の上に持って行き、濡れたコットンで子猫の股をトントンと叩く。排泄が済んだらトイレのお世話は完了だ。
 泣き言を言いながらお父さんが子猫たちのトイレのお世話をしたあとは、お母さんの出番だ。子猫たちお気に入りの猫じゃらしを振って、暴れたくて仕方がない子猫たちを遊ばせる。
 その間お父さんはソファの端っこで縮こまって、不安そうに子猫たちを見ていた。そのお父さんの肩の上に、もう何年も前から飼っている、大きな飼い猫がのしっと乗る。まるでお父さんのことを落ち着かせようとしてるみたいだ。
 お母さんにさんざん遊ばされて疲れた子猫が、床の上でぱたりぱたりと眠りはじめる。その子猫たちをお母さんが回収して、ケージの中にある、あたたかい湯たんぽを置いた寝床の中へと寝かせていった。
「はい、おつかれさま」
 子猫に言ったのかお父さんに言ったのか、どちらとも取れるお母さんの言葉に、お父さんはおおきなため息をつく。やっと安心できたのだろう。
 すると、お父さんの膝の上に大きな飼い猫が我が物顔で乗っかった。あまりにも大きいのでお父さんの膝の上からあふれている。
 その飼い猫の背中を、お父さんはにこにこ笑って撫でた。

 子猫のお世話で大騒ぎしているお父さんだけれど、あの子たちを拾ってきたのはお父さんだ。公園で、カラスに襲われそうになっていたところを保護したらしい。
 子猫を連れてきたときのお父さんはすごく真面目な顔をして、この子達のずっとのおうちが見つかるまで、うちで面倒を見るんだと言っていた。
 私もお母さんも、反対する理由はなかった。なぜなら、お父さんはちゃんと子猫のお世話をできるだけの知識と技術があるとわかっていたからだ。
 ただ、お父さんが子猫をこわがるということだけが問題だった。
 お父さんが子猫をこわがる理由というのは、下手に触ると潰したりしてしまいそうだということで、さすがに考えすぎだろうと私は思う。でも、子猫がこわいというお父さんのことを笑うことはできない。それに、こわがっているなりにお父さんはちゃんと子猫のお世話をやっているのだ。
 今、お父さんの膝の上で撫でられている大きな飼い猫も、うちに来たばかりの頃は私の手にも乗ってしまうくらい小さくて、お世話をするのにお父さんはこわいと言ったり悲鳴を上げたりと大騒ぎだった。
 けれど、その大騒ぎの上に飼い猫もあんなに大きくなって、今ではお父さんに一番なついている。なんだかんだで一番お世話をしていたのはお父さんなのだ。
 いまケージの中で眠っている子猫たちのお世話をするにも、なんだかんだで子猫の扱いに一番詳しいのはお父さんなのだ。
 子猫たちが体調を崩したりしたときには真っ先にお父さんが対応して、なにかあれば動物病院に連れて行っている。子猫たちの体調不良に真っ先に気がつくのも、やっぱりお父さんなのだ。
 子猫がこわいと言いながらも、お父さんはお父さんなりに責任を持ってお世話をしているし、ずっとのおうちを探すのをがんばっている。
 お父さんは、命に対してひどく真摯なのだと思う。私が知っている人の中では、ちいさな命を預けるのに一番適切な人だと思う。
 けれども。
 ケージの中で目を覚ました子猫が鳴き声を上げはじめる。外に出て遊びたいのだろう。
 お母さんがケージから子猫を出すと、子猫は真っ先にお父さんを目指して歩いて行き、脚をよじ登る。
「アアー!」
 お父さんが飼い猫を抱きしめて悲鳴を上げる。
 そう、お父さんはちいさな命を預かるのに適切な人なのに、ちいさな生き物がこわいというその一点だけが、ちいさな命を預かるのに不適切なのだ。

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