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まるで、いつかの朝のようだった

義旭の声は
朝のその空気にぴったりな
鋭くて突き刺すような冷たさだった。


「淳士、悪かったな。」


メールが来たのは5日前。
大会の引率に人が足りないから
手伝って欲しいとのこと。

朝の五時に伊達道場集合という
なんともキツいバイトだった。
給料は京子さん価格で
労働基準法に安安と違反していた。

しかし、自転車を漕いで
義旭の家に向かいながら
俺は考えてしまった。


まるで、いつかの朝だ。


あの朝も、そうだった。

空は紺色と少しのオレンジが混ざったみたいな
不思議な色をしていた。

遠くに見えるビルと山が真っ黒で 

でも空気だけはやたら澄んでいて
肌をこするような、
痛く冷たかった。


前日の夜に俺は珍しく
義旭に電話したんだと思う。

なんで義旭だったんだろう。
多分、冷静だからだ。


「それで、お前は要するに
フラれたってことなのか?」

「俺にはそう聞こえたけど
なんていうか、
フッてくれ、に近かった。」


そうか、辛かったな。


義旭の声は無機質で
電話を通すとその感じは増した。


「…辛いのは俺じゃねんだ。
あいつなんだよ。」

「そうか、そうだな。
なら、送るべきだろう。
付き合い続けるべきだろう。

好きなのに別れるというのは
あまり自然ではないぞ。

じゃあな。」


義旭にとっては多分
なんの想いもない言葉だったと思う。

だけど、俺はあの言葉で

アラームを四時にセットしたのだ。

自転車のハンドルの冷たさとか
涙が溢れて止まらなかったこととか

なんだか思い出してしまった。


もうすぐ、
一年も経つのか。

「おっす、義旭。」

「悪かったな。
俺の周りで早起きが得意な奴が
お前しか思い浮かばなかった。」

「俺に会いたかったんだろー?」


そんなわけないだろう。


そう言われると思ったが
義旭は平然と頷く。


「あぁ。そうかもな。」


驚く俺に気づいてか気づかずか、
義旭はゆっくり歩き出した。 


「そろそろ賢い幼なじみは
帰国するのか?」

「さぁなー。
サプライズ好きなんだよ、あいつ。」


照れ隠しにオーバーに言うと
今度は気づいたように
はっきりと笑う。


「俺のおかげか?」


もしかして、あの日の義旭は
本気で俺を心配してたのかも、なんて

これだから義旭は

これだから俺の周りは


変わらず気が知れない。



まるで、いつかの
朝のようだった







**


そういえば、あの日の朝も

しばらく経つと暖かい日差しが
駅いっぱいに広がって、


俺は割と

救われたんだった。






2013.01.03
まるで、いつかの

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