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パイプラインは地政学の道具?

(※本稿は、拙著「なぜ、地形と地理がわかると現代史がこんなに面白くなるのか」(洋泉社新書)のコラムをもとにしています)

 ロシアは、原油の輸出量世界第二位、天然ガス輸出量では世界第一位という資源大国である。カスピ海沿岸やシベリアから産出した豊富な資源は、パイプラインを通じて大消費地の欧州に運ばれている。そのため、パイプラインの存在はしばしば地政学上のトピックスとして取り上げられる。

 二〇〇六年一月、ロシアとウクライナの天然ガス価格交渉が決裂し、ロシアは三日間天然ガスの供給を止めた。メディアの論調は「ロシアによるエネルギーの政治利用」というものだったが、実際はどうだったのか。


 ここで注意しておきたいのは、資源産出国が周辺への支配力を強めるためにパイプラインを引くわけではない、ということだ。パイプラインは巨額の投資がかかるため、産出国・消費国双方に経済的メリットがなければ銀行融資は得られない。外交圧力を与えるような目的のためにパイプラインを建設するなどということは、通常は起こりえない。


 パイプラインは、資源の通過国にも恩恵をもたらす。アゼルバイジャンのバクー油田の原油を運ぶパイプラインの計画では、ロシアやイランを経由するルートのほかに、トルコを経由するルートがあった。トルコは中東にあるものの石油をほとんど産出しないため、資源の通り道になることで存在感を得ようとしたのだ。NATOに加盟するトルコを経由するルートはアメリカの支持を受け、バクーからジョージア(グルジア)・トルコ経由で地中海に抜けるパイプラインが実現した。

 こうして考えると、上記の天然ガス供給停止の見方も変わってくる。


 ロシアが輸出するガスの約八割はウクライナを通過するため、ウクライナは「ロシアの輸出商品を管理できる」という強い立場にある。九〇年代にも、ロシアはしばしばガスの抜き取りや料金の未払いを理由にガスの供給を停止している。

 ロシアが二〇〇五年末に提示したガス価格引き上げも、世界的なエネルギー価格の高騰を背景とした妥当なものだ。パイプラインをめぐっては、実はウクライナの方が相手の弱みを握っており、強硬な姿勢をとれたという見方も可能だ。それに対してロシアは供給停止という経済的手段に出たが、読みを誤って欧米からの批判を受けてしまったのである。



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