見出し画像

明日もひとりでクッキーを焼く【あらすじ、筆者紹介】

あらすじ
友樹は先日、十二年間付き合った彼氏・しょうちゃんと別れた。自分が傷付くだろうと予想して取得しておいた一週間の有給休暇の中で、友樹は思ったよりも凹んでない自分に若干戸惑いながらも、クッキーを焼いたり友人と過ごしたり、時折菖ちゃんとのことを思い出したりしながら過ごす。

筆者より
こんにちは。「明日もひとりでクッキーを焼く」の筆者のゆーです。
今号よりアンソロ全体のテーマ設定がなくなり、さて何を書こうと悩んで、書いたり消したりしていました。人は何かの縛りから解き放たれ自由を与えられると、却って何をしたらいいかわからなくなるんだなぁと思ったら、恋人と別れた場合もそうなのでは? とふと思い、この話を書き始めました。本当に生きているみたいな人の話を書こう、リアルな話を書こう、悲しくない話を書こうと思って書いてたらほとんど日記になっちゃったけど時間もないので諦めます。
※知り合いの方は、僕自身の彼氏との仲を不安視されるかもしれませんが、全然ラブラブなのでご安心ください。

作品抜粋
 ――ピーッピーッピピッブブブブ
 クッキーを焼いていたオーブン機能付きレンジから電子音がする。ピーッピーッピピッブブブブ。五年前くらいに急にこの音で鳴るようになった。元々はピーッピーッだけだったのに。でも、他に壊れている部分はないので気にせずそのまま使っている。最初にその音が鳴ったときは、しょうちゃんと顔を見合わせた。奇妙奇怪な音の出どころをレンジだと突き止めた瞬間に爆笑し、中に何も入れないまま、音を聞くためだけに二回レンジを回した。ピピッブブブブ。それから俺たちの間ではレンジを使うことを「チンする」ではなく「ブブブする」と呼ぶようになった。ご飯ブブブする? みたいに。
 焼き上がったクッキーをクッキークーラーの上に並べる。熱々のクッキーは形が変わりやすいので注意が必要だ。割れてしまわないようにゆっくりと乗せ終えると、開けていた窓を閉めた。ダイニングキッチンには、クッキーの甘ったるい空気が充満している。俺はこの匂いがとても好きだ。今回は紅茶の葉も入れたので、アールグレイの匂いも合わさっていい感じ。先ほど淹れたコーヒーを飲みながら、クッキーの写真を撮った。あとでインスタにあげよう。
 菖ちゃんはこの匂いが嫌いだった。ストレートに嫌いと言われたことはないけれど、「またなんか焼いとるん?」と聞かれてクッキーと答えるとシーサーみたいに顔をしかめた。あまりにブスな顔をするので、いつの頃からか菖ちゃんがいないタイミングで、かつ菖ちゃんが帰って来る時までに匂いが消えるタイミングでのみクッキーを焼くようになった。焼き上がったクッキーを菖ちゃんは平然と食べた。おいしいおいしいと絶賛して食べた。自分のいない時に限っていつの間にか焼き上がるクッキーについて、その絶妙な時間について、菖ちゃんはいったい何かを考えていたのだろうか。そういうことは全然聞けなかった。

この記事が参加している募集

#文学フリマ

11,595件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?