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朝井リョウ『正欲』 | 答えの出ない問題の答えは、誰かが探しているのだろうか

映画祭でもいくつか賞を受賞していた映画の原作、朝井リョウの『正欲』を読みました。


時々本屋で見かけつつ『正欲』かぁ、「性欲」の性の字を「正」にすることでいろんな意味を持たせてるんだろうなぁ、とか思いつつ、なんとなくそのタイトルのインパクトに負けて手を出していませんでした。
先日本屋をウロウロしていた時に改めて「柴田錬三郎賞」の文字を目にし、「……やっぱり読むか」と遂にを手に取りました。(賞に弱い)


あらすじはこちら。

あってはならない感情なんて、この世にない。
それはつまり、いてはいけない人間なんて、この世にいないということだ。
息子が不登校になった検事・啓喜。
初めての恋に気づいた女子大生・八重子。
ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。
ある人物の事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり合う。
しかしその繋がりは、"多様性を尊重する時代"にとって、ひどく不都合なものだった――。
「自分が想像できる"多様性"だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな」
これは共感を呼ぶ傑作か?
目を背けたくなる問題作か?


まさに問題作。
多様性が叫ばれる時代に投げかけられた、誰も解決できない問題です。


あってはならない感情なんて、この世にない。

それはつまり、いてはいけない人間なんて、この世にいないということだ。


正直、これがこの本の全てで、この答えを誰も出せないのではないかと思います。


※人は自分が体験したことしか理解できない生き物だと常々思っていますが、朝井リョウは読者にこの「体験」に近い体験をさせてくれます。誰かの感想を読んで内容を知ったとしても、本を読んでそれを「体験」することに意味があると思うので是非原作をご覧ください。



この本にメインで出てくる、他人と違う性欲を持つ人たちは、「水」に性欲を感じる男性と女性です。


「水」の動きに「性欲」。


……うん、まぁ、普通は理解できないですよね。
その「普通は理解できない」性欲を持っているということに、どれほど真面目に生きようと、どれほど容姿に恵まれようと、彼らは追い詰められていきます。


彼氏や彼女がいないことについて、結婚していないことについて、一般的な人がもつ「性欲」を持っていなさそうなことについて、周囲は彼らを放っておいてくれません。


何で放っておいてくれないのか。
主人公たちが心底うんざりするほどの嫌悪に、ほとんどの人が気まずい気持ちになるのではないでしょうか、


好きな人いる?
どんな人がタイプ?
結婚しないの?


聞いたことあります。
聞いたことはなくても、心の中で思ったことは必ずあるはずです。
私たちの「多様性」は「性別不合」や「同性愛」まで。精一杯の「多様性」で、私たちの限界は『おっさんずラブ』なんです。
それ以外の可能性を想像することができる人は本当に少ないと思います。


性欲の対象として、まさか「水」を見てると思わない。「爆発」に性欲を感じているなんて思わない。他人の「苦しい表情」にしか性欲を感じる人がいるなんて想像したくない。「子供」にしか性欲を感じる人に対して嫌悪するし、写真を所有したら「犯罪」になる。


この本の登場人物たちの性欲は「水」ですけど、朝井リョウからはその他の性欲全てについて問われている気がします。

「水」は?
「爆発」は?
「苦しい表情」は?
「子供」は?


そもそも、なぜ「多様性」は「性別不合」や「同性愛」を理解しようとしたかというと、まず、ある一定の母数がいるからですよね。同じような人が大勢いることで、それまで理解できなかった人も「理解しよう」「認めよう」となりました。やっぱり大きい問題から解決する必要がありますからね。


そしてもう一つは、無害だから、じゃないでしょうか。
「性別不合」や「同性愛」は周りに危害を与えない。だから、「多様性」という言葉を使って前向きに表現したんじゃないかと思います。


私たちは認められない。
大人の人間に性欲を感じる人しか認められない。
「水」を愛してるなんて言われても信じないし、
「爆発」を愛してるなんて怖すぎだし、
「苦しい表情」を愛してるなんて犯罪予備軍にしか思えないし、
「子供」しか愛せないなんて、「異常」で社会から排除すべきだと考える。


あってはならない感情なんて、この世にない。

それはつまり、いてはいけない人間なんて、この世にいないということだ。


それでも私たちは認められない。
「多様性」は、あくまで、その指向・嗜好が多いものしか信じられないし、自分たちの平和な生活を少しでも脅かすものには蓋をする。

水の動きにしか性欲を感じない人はどうすればいいのか。
爆発にしか性欲を感じない人は、
人が苦しむ表情にしか性欲を感じない人は、
子供にしか性欲を感じない人は、
一体どうすればいいのかーーーー
までは考えない。

ただひたすら我慢をする一生を強いるのか。
自分たちは好きなだけ自分たちの性欲を「正欲」として楽しみつつ、自分たちとは違う人たちの性欲はそれに無理やり蓋をするだけで、「じゃあどうしたらいいんだ」に答えない。


児童ポルノを取り締まるニュースを見る度に、
とんでもなく気持ち悪いと思うと共に、じゃあこの人たちはどうしたらいいだろうと思っていました。
対象はそこだけなのに、写真を持っていることも許されない。許してほしくないし、取り締まってほしいんですけど、でもじゃあこの人たちはどうしたらいいんだろうと、声には出さず、心の奥底で疑問に思ったことはあります。


でももちろん、その答えはわかりません。
答えが存在してるのかすらわかりません。


私はその問いに答えられないし、今後も答えられないと思います。
だから誰かに見つけて欲しい。
本当に申し訳ないし、こういうのを当事者意識がない、とか言われてしまうと思うんですけど、私は見つけられないけど、誰かに見つけて欲しい。
誰も傷つけず、平和な方法で、そんな方法限りなくゼロに近いかもしれないけど、見つけてくれる誰かがいてほしいと、読み終わった後に静かに願いたくなる本でした。


おしまい。


……っていうか、感想が真面目でしたよね!
自分でも「なんか真面目すぎてつまらなくないか?」と思ったんですけど、たまにはね。いいですよね。

どうでもいいですけど、朝井リョウはもじるの好きですよね。『世にも奇妙な君物語』とか『風と共にゆとりぬ』とか。ある意味、今回の『正欲』も。

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