永川浩二_登場す___1_

永川浩二、登場す。 第2話

(第1話はこちらから)


浩二が勢いよく走り出した後を追いかけていく慶は、視線を真っ赤な灯りをともす校舎3階の部屋に向ける。走りながら顔を上に向けているので、当然呼吸はつらくなっていく。

その視線の先の真っ赤な部屋に、人影がゆらめいたのを慶は見た。窓越しに見えるのは、1人、いや、2人分の人影。その2人分の人影は、しばし窓際でゆらめいた後、ふっと消えてしまった。顔までは見えない。

(あのどちらか一人が智仁なのか…?)

慶がそんな疑問を頭に浮かべている内に、先を走っていた浩二は福地高校の1階入口すぐにある警備員室のドアを勢いよく何回も叩いた。

「真中さん、開けてくれ!中に入りたいんだ」

ドンドンという浩二の扉を叩く音に起こされ、宿直していた福地高校警備員である真中篤紀が眠そうな顔を隠そうともせず、着の身着のままで警備員室から出てきた。

「どうした、こんな夜中に。忘れ物でもしたか?」

「3階の美術室に誰かいる!様子を見に行きたいんだ」

「なんだって、今日は"忙しない”日なもんだわね」

真中は寝間着のスウェットのまま鍵束を持つと、浩二と遅れて合流した慶とともに3階の美術室へ向かった。白髪も目立ち、齢50台後半といった真中は福地高校につとめて10年以上のベテラン警備員で、前職は民間の警備会社なので経験も豊富との評判だ。

足音を響かせて3階美術室の前に3人がたどり着くと、その音につられて隣の教室から30台半ばらしいスーツ姿の男が出てきた。

「警備員さん、どうかしましたか!?」

「どうもこうもこの生徒さんがよお、旧美術室に行かせろって煩くて…」

真中はスーツの男の声がけに気が進まない様子で答えつつ、持ってきた鍵束で問題の部屋の鍵を開ける。ガチャリと大げさな解錠音を立て、扉が開いた。浩二は真中を押しのけ、一目散に教室の中に駆け込んだ。

「…いない。誰も」

浩二の目前に広がる美術室は、真夜中の静寂の中ひっそりと佇んでいた。そこには人影もなく、そして何より、真っ赤に部屋を照らしていた灯りすらともっていなかった。

「なんじゃき、やっぱり誰もおらんじゃないか」

真中は肩透かしを食らったような表情を浮かべ、部屋の電気を点けた。あの時と同じように、真っ赤にあたりが浮かび上がる。"この部屋の壁は赤い"のだ。赤いライトなのではなく、壁そのものが赤いのだ。

浩二と慶がただ呆然と部屋の中で立ち尽くしていると、スーツ姿の男がゆったりとした足取りで部屋に入り、ぐるりと部屋を見渡し、

「結局ただのいたずらでしたかね。ライトは、Iotかなにかで遠隔操作したんでしょう」と気怠そうに言った。

「あんたは?」と浩二は突然現れたスーツの男に不躾な物言いで聞いた。

男はジャケットの内側のポケットから、よくテレビドラマで見慣れたあの手帳を出し、浩二たちの前に翳した。

「わたしは木田寿樹。広島県警の刑事だ。先日ネット掲示板に【鉄仮面】を名乗る人物の犯行予告が書き込まれた。内容は、今日24時にここ福地高校旧美術室で『第4の殺人』を起こすというもの。念の為【鉄仮面】案件を担当しているわたしが張り込んでいたということだ」

初対面で、かつ映像の世界で見ることしかない「刑事」という人種に恐れることなく話しかけている浩二とは裏腹に、慶は足の震えを堪え、手元のスマホで【鉄仮面 事件 広島】と検索した。

【鉄仮面】を名乗る人物による、3件の連続殺人が県内で起こっている事がいくつかのニュースサイトをザッピングしてわかった。殺害方法は刺殺、絞殺など今の所共通性はなく、時間や場所もばらばらだ。ただ共通の特徴として、事前に必ず5ちゃんねるなどのネット掲示板にスレッドを立ててから犯行に及んでいるというものもあった。

「しかし、昼間も見せてもらったが、ほんとに壁が赤いんですねえ」

木田は旧美術室の部屋一面に渡る真っ赤な壁を見渡して言った。ここ福地高校の美術室…正確には「旧」美術室の壁は、全面赤く塗料でぬられている。80年代の学級崩壊の時代にうつ症状を拗らせた美術教員が発狂して全面赤絵の具でぬりたくったという伝承が教師と生徒の間での共通認識だが、真偽の程は知れない。現在は立入禁止で普段は施錠されている。

「ともかく、今日は何もなかった。わたしも上にそう報告しておきます。みなさんも、今日はおかえりいただいて結構ですよ」

木田にそう促されて、浩二も慶も、腑に落ちない思いを抱え、ともに入寮している福地高校寄宿舎へと帰って行った。

***

福地高校3階旧美術室より江夏智仁の絞殺死体が見つかったのは、その翌朝のことであった。


(第3話へつづく)


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