永川浩二_登場す___1_

永川浩二、登場す。 第3話

(第2話はこちらから)

朝、寄宿舎での目覚めはけたたましく鳴り響くサイレンの音でだった。永川浩二は枕元のスマホに目をやる。まだ5:30を少し過ぎたあたりだ。昨日の校舎での一件があったため、流石に胸がざわめく。
ルームメイトの松坂英司はまだいびきをかいて眠っている。両親が中国電力に勤めているお坊ちゃま。穏やかな人柄だが常にのんびりしているところがある英司はこういうときにはあまり役に立たない。もちろん、日頃ルームメイトとして接する分には申し分ないと浩二は考えているのだが。

顔をさっと洗い、学生服に着替えて浩二はサイレンの音のする方へ向かって急いだ。すでに寄宿舎に入っている生徒を中心に人だかりができている。
「浩二、お前も来たのか」と、先に来ていた慶が浩二を見つけ声をかけた。
「ああ、さすがに昨日のことがあるから…。中には入れないのか?」
「うん。俺が来たときにはもう立入禁止だった。あれ…」
校舎の中から警官らしき青年が出てきたので慶は言葉を切った。
「すみません、今日は校舎に入れません。今、高校と確認をとって本日は休校となりました。みなさん、今日は帰ってください。あとで保護者には連絡網が回るはずです」
青年警官は大声で野次馬の生徒たちに呼びかけた。生徒たちは納得いかない気持ちと休校のありがたさを心の中で秤にかけつつ、段々と解散していった。
「俺たちも帰って寝直すか」と、慶が言おうと振り返ったとき、浩二はその青年警官に詰め寄り、深刻な表情で問いただしていた。
「ねえ、中に入れてくれよ!オレ、昨日夜遅くまでこの校舎にいたんだ、なにか役に立つこと話せるかもしれない」
野次馬を散らしに来ただけのはずなのに高校生に絡まれて、青年警官は困惑した表情を浮かべて苦笑していた。子どもの戯言と一蹴することもできるが、そうしないあたり、その職業イメージと裏腹に優柔不断な性格なのだろう。
「なにやってんだよ、浩二!戻るぞ」
慶は浩二の首根っこを掴み、青年警官と浩二を引き離し、寄宿舎の部屋へ戻った。慶は、不本意そうな表情の浩二を部屋に押し込むと、自分の部屋に戻り寝直した。
次の目覚めはスマホのアラームで、相手先は広島県警であった。

「つまり君たちはあの夜、友人の江夏智仁に呼び出され、あの校舎に来た。そういうことだな?」
昨晩福地高校の校舎で出会った木田刑事は、今度は山内警察署内にある個室で浩二と対面していた。事務机を挟んで椅子に座り向かい合っている。所謂ステレオタイプの「取調室」そのものだ。
「LINEのメッセージなので、智仁からかはわからない。それより…ほんとうに、死んでたのは智仁なんですか…」
浩二は充血した眼を木田刑事に向けた。昨日、突然の呼び出しにも関わらず会えず仕舞いだった友人は、今朝変わり果てた姿で赤い壁の部屋から発見された。友人の死。そしてそれは、事故や自死ではない。その事実は、浩二の感情をぐらぐらと揺さぶり続けた。
「ああ、間違いない。お悔やみ申し上げる。まだ未成年の君にこのことを話すのはつらいが、事務手続きだと思って協力してほしい」
「刑事さん、あの夜【鉄仮面】って言ってましたよね。今連続殺人しながら逃走しているやつが、智仁を殺したんですか…?」
【鉄仮面連続殺人事件】のあらましは、何度も何度もスマホのニュースサイトを漁った。被害者の共通点がまるで見当たらない連続殺人。被害者の名前が、殺害された順番に「赤田」「伊藤」「上原」なので、アガサ・クリスティの『ABC殺人事件』をオマージュした愉快犯と言われていた。智仁の苗字は「江夏」なので、その法則は本家を越え、4人目まで続いてしまったこととなる。
「あのときは口が滑ってしまったが、それはこれ以上は明言は控える。何か、他に覚えていることや、被害者の様子について思い出すことはあるか?」
その後も根掘り葉掘り木田刑事からの聞き取りは続いたが、ここから先の内容を、浩二はほぼ覚えていない。親友の死。それも、突然で、残酷な。頭にもやがかかったようなうつろな状態で聞き取りを終えた浩二は、山内警察署の入口で同じく取り調べを受け終えた慶と落ち合うと、重い足取りで歩き出した。
「なんか、昨夜から一気に物事がすすみすぎて、よくわかんないよなあ」
慶が疲れ切った顔でそう虚空に向かって呟いた。浩二も同感だ。まったく感情が整理できない。

友人から深夜の校舎への呼び出し。
その友人が校舎から消滅。
翌朝、変わり果てた姿で見つかる。

混沌とした気持ちを抱え、山内警察署の正門を出た二人に、一台の車がクラクションを鳴らした。フォルクスワーゲンの紺色のゴルフだ。二人に寄せるように停車すると、運転席の窓が開き、初老の男性が顔を出した。
「よう、浩二。元気だったか?」運転席の男が声をかけると、浩二は
「工藤さん…!?どうしてここに…」と、驚いた表情で男に目をやる。
「今回の件、昔のルートから小耳に挟んでな。ちょっと話もあるから、今からドライブ付き合わねえか?佐々岡くんも、一緒にさ」
「は、はい!」慶は恐縮した表情を浮かべた。浩二と慶が紺色のゴルフの後部座席に乗り込むと、男は山内市の郊外に向かって車を走らせた。

元・山内警察署刑事、工藤祐作の運転する紺色のゴルフに乗ると、浩二はいつも同じ景色を思い出す。
助手席には自分。後部座席に慶と智仁。向かう先は、自宅。あれはたしか、小学6年生の夏。まだ蒸し暑い日の夕方。その日、買い与えられたての携帯電話にかかってきた突然の電話は、浩二の人生を、慶と、智仁との関係とともに劇的に変えることとなった。

父が撃った銃弾で、母が亡くなったのだ。

(第4話につづく)




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