不完全永久プレパラート外伝
【い】イヌモドキ
中国地方の瀬戸内沿岸部で目撃例がある動物。標本はなく、1980年代に撮られた4枚の写真の生物が同種とされる。撮影者は分かっていない。
写真は92年夏、岡山、広島、山口各県の公立中学校の理科準備室で、ほぼ同時期に発見された。写真の裏には撮影年と「イヌモドキ」という文字が書かれている。「いぬもどき」の表記もあった。発見した生徒、教師らは郷土史家らに写真を見せたり、問い合わせたりした。彼らは地域の昔話に出てくる「イヌバケ」「ヌケイヌ」ではないか、と言ったという。何も話したがらない老人もいた。
撮影順にみてみると、最初の写真(発見場所・広島県三原市内の高校)には頭が大きく、足も尾も短いずんぐりむっくりした犬のような動物が岸壁にかがんでいる。体毛は赤色。
次の写真(同・山口県岩国市内の中学校)の動物は体毛がなく(短い毛は生えているかもしれないが、判然としない)、尾はコルク抜きのようならせん状、体色はうすい紫。ところどころに細長いひものようなものがぶら下がっている。皮膚病とも寄生虫とも考えられる。撮影場所は土間とみられる。立っている動物の後ろに人の足が見える。
3枚目(同・岡山県浅口郡内=現浅口市=の中学校)は口を大きく開け、砂浜で撮影者を威嚇するかのような動物だ。薄緑の毛が顔に密集している。耳はない。とても小さな歯が上あごにみっしり生えている一方、下あごは歯肉しかない。よだれをたらしている。舌先は二つに分かれている。ひげはない。目は黒一色だ。
最後に撮影(同・岡山県倉敷市内の高校)された“イヌモドキ”は体中に白い蘭(と思われる)を咲かせている。蝶だろうか蛾だろうか虫が集まっている。目を閉じ座っている。夜間の撮影のようだ。すこし写真がぶれている。
東京大名誉教授の中原洋一郎博士(故人、生物学)は「4枚の動物がすべて同一種とは考えられない。奇形の野犬かタヌキ、アナグマではないか」と指摘した。南米に生息するヤブイヌとの相似や、絶滅したニホンオオカミと関連付ける意見も少数だがあった。(石原)
イヌモドキはこの後におよんでななめ
晴れた日も雨の日もイヌバケはころす
男爵のいれずみはいぬもどきだった
決着はついたいぬのように転ぶ
最果てで犬をなでているのは貴婦人
あたらしい図鑑をつくらないかと遺言の友人
「よしよしお手よし」しかしゃべらないロボットはもとドラム缶
とつぜんいぬ抱いて坂道かけのぼるわきがの父
わたくしは砂浜ろうそくもって集まりなさい
ブーケでなぐられているいぬもどきは最後のひとり
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