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「戦争と平和」 1️⃣ 第一部 第二篇 トルストイ 感想文

第二篇を読み終えて、まず軍隊の組織、連隊の見分け方、立場、階級に戸惑った。
印象に残った人物がどんな階級と立場だったのか、どんな戦略の中にいたのか、その行動と流れを何度か読み返してみて理解出来てくると作品がますます厚みを増して来た。
重要な人物、魅力ある人の配置がバランスよく描かれていて、考え抜かれた作品であると感じた。

ナポレオンの侵攻に、シェングラーベンの戦闘で総司令官クトゥーゾフの副官として功績を上げるアンドレイであるが、その勝利も、迫って来るナポレオンの前に薄れていき、オーストリア皇帝の反応も鈍い。

情報のはっきりしないままに変化していく現状と、それぞれの人間の行為や作意が戦場での彼の理想とかけ離れて行った。
戦場で自分を取り戻し生き生きしていたアンドレイが、日増しに憂える姿を印象付けた。

「いつ戦争が始まるか?」「ボナパルトがどこにいるのか」、何を信じてどの命令を聞くか。
噂の錯綜、把握出来ない現状と伝わらない命令が事態を深刻化させたり、命令を聞かないことで功を奏することもある戦場の複雑さを語っていた。

そんな中で、実在したクトゥーゾフ将軍ととバグラチオン将軍の冷静さや部下の動向を緻密に見る目、自由に考えさせる手腕が見物だった。

イズマイル戦以来のクトゥーゾフ将軍の戦友としての赤鼻のチモーヒン大尉に、「あの人となら勤めていける」と言わせたクトゥーゾフ。
やんちゃな行いで降格し、強く昇格を望むドーロホフの訴えにも、クトゥーゾフは暗黙の理解と素直な配慮を見せた。

ドナウ河の左岸でのフランス軍を退却させた時も、部隊の落伍者のために残した敵の人間愛に委ねるというクトゥーゾフの手紙も彼を物語っていて印象的だった。

バグラチオンの前衛部隊。
砲兵将校のトゥシンの「とても人をひきつけるものがあった」というアンドレイの印象は当たり、彼は命令の届かぬまま大砲を撃ちまくり、結果的には活躍したことになった。

命令のない行動を問い詰められたトゥシンは、真実を言って別の部隊長をおとしいれるのを恐れたので、何も言わなかったというその場での態度が小心ではあるが、その人間性がとても光っていた。

擁護してくれたアンドレイの凛とした発言と、トゥシンの涙を流す姿が映画のようだった。

何も言わずとも集中し全体を見て理解出来、ちょったした部下の動向も見逃さずに感じ取る上官と、自分を失わず自由に考えられる部下に力を発揮させるのも、部下を自由にさせる優秀な上官なのかもしれない。
クトゥーゾフもバグラチオンにも、強行なものが感じられなかった。

引用はじめ

「驚いたことに、命令は何も与えられず、バグラチオン公爵は何もかも、必然や偶然や、個々の指揮官の意思で行われているのだし、何もかも自分の命令によってではないが、自分の意図に沿って行われているのだ、という素振りをしようと努めているのを見て取った」p.460

引用終わり

「ナポレオンが唯一認める武勇にすぐれた将軍」といわれたバグラチオンの態度は兵隊や将校達の気持ちを落ち着かせた。
人間的な大きさと、静かな強かさに惹きつけられた。

ナポレオンが、近隣国を衛星国にしていく侵攻は、国と国とが歪み合い憎しみ合う戦争と少し違う印象を持った。
対戦中にフランス軍にフランス語で話しかけたドーロホフにもそれを感じた。

これほどに人が死に傷つく戦争とは、ニコライが、〈いったいなんのために、おれはこんなところに来てしまったんだ!〉p.503 という心の叫びのように、得体の知れない答えのないものであると、心震える思いが残った。

一人一人の人間観察の鋭さが際立っているトルストイの作品の偉大さに
二巻目がとても楽しみになった。

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