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「戦争と平和」 2️⃣ 第一部 第三篇  トルストイ 感想文

べズーホフ老公爵からの莫大な財産相続により、何処の馬の骨とも知れない男と思われていたピエールが、突然社交界の主役のような存在になる。
一変した周りの人間の愚かさは恐るべきものだ。その人達の褒め言葉に、自分が優れていて頭が良いと本気で信じ込むピエールの姿がとても哀れに思われた。
自分の意思とは別に、抜け出せない運命を背負ってしまう。

「その恐ろしい一歩を踏み出すことを考えただけで、彼は何かわけのわからない恐怖にとらえられるのであった」 岩波文庫(p.38)

もはやこれは運命であると信じ込まされる善良な部分がピエールを物語り、この先の現実からの解離と強い反動を想像させた。

巧みなワシーリー公爵、娘エレンとピエールとの結婚で、はかりごとの思いを終結させた。

更に人間性欠落気味の長男アナトールをボルコンスキー家のアンドレイの妹、あの大切なマリアと結婚させようとする。マリアの侍女であるブリエンヌの存在が支障となり、マリアの描いた幸福の妄想は破れた。

マリアは、「心の中の神の声」を聞き、父ボルコンスキー老公爵に寄り添った。
ブリエンヌへの自己犠牲はとても美しかったのだが現実感がない。

ピエールは揺らぎそうな「決心」のもと、そしてマリアは神の前の「決心」ではあるがどちらも危ういと感じた。

恋愛や結婚より、この第一部のハイライトはやはり戦争の部分であると読んでいて思った。

ロシアのアレクサンドル一世とオーストリアのフランツ一世が同盟を結びナポレオンと戦う「アウステルリッツの戦い」(三帝会戦)間近、決戦、敗北、その惨状、個々の心理状態が詳細に描かれてあった。

引用はじめ

「時計の仕組みと同じように、戦闘の仕組みのなかでも、やはりいったん始まった動きは、最後の結果に到(いた)りつくまでは止めようがなかったし、その仕組のなかで、まだ出番のない部分は、動き伝わる一瞬前までやはり局外者のようにじっと動かなかった。いくつかの歯車が歯を噛み合わせながら、軸をきしませ、回転している滑車が速い動きのためにシュッシュッと音を立てているのに、隣の歯車はまるで何百年もそのまま動かずにじっとしていかねないように、あいかわらず静かに動かない。ところが、ある瞬間が来ると—— レバーがひっかかり、動きに巻き込まれて歯車が回りながらギリギリ鳴り、一つの動きの中にとけあっていく。だが、歯車にはその結果や目的はわからない」 (p.159.160)

引用終わり

戦争というものの実態を象徴しているような言葉だった。

ワイロイター(オーストリアの将軍)の作戦計画の決定により、クトゥーゾフもバグラチオンさえも従わなくなった作戦は、全体をバラバラにしてしまったように思われた。歯車は目的を見失いそれぞれが瞬間に起きた衝撃にその都度応戦しているような危うさが増していった。動く部隊、動かない部隊、伝達も命令もない混沌は、もはや敗北が見えていた。

アンドレイやニコライの求め想像した描いた戦争とはかけ離れた実態だったのだ。

ナポレオンになりたかったアンドレイが、ナポレオンさえちっぽけな人間に見えてしまった戦争。彼にそう見られてしまった時点でナポレオンの敗北であると感じた深淵があった。

「とうしておれは今までこの高い空が見えなかったのだろう。そしておれはなんて幸せなんだろう。やっとこれに気づいて。そうだ!すべて空虚だ、すべていつわりだ。この果てしない空以外は」 (p.215)

アンドレイが死ぬかもしれないという刹那に感じた思いは、トルストイの言葉だと思えた。

第二部に続く。

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