【短編小説】それから
ファーストフード店でのバイトの帰り、雅史は、同じ店で働く響子がコンビニから出てくるところを見かけた。雅史の前方10メートルほど前に歩く女性が響子だ。顔は確認できないが、体全体、雰囲気から響子に間違いないと雅史は確信した。雅史は走り出した。
「響子さん」
雅史は、響子を追い抜いたあと振り返り、響子と相対するように立ち止まった。
「うわ。びっくりした」
「やっぱり響子さんだ。後ろからでもすぐわかりました」
「ふふ。バイトの帰り?」
響子が嬉しそうに雅史を見つめる。
「はい」
そう言って、雅史は響子の横に並び、二人で歩き始めた。
「そっか。お疲れ様。今日のシフトは13時から15時まで?」
「はい。午前中は大学に行ってました」
「来月には卒業でしょ?何かあったの?」
「サークルの部室に行ってました。もう行く機会もないかなって」
「そっか。就職に向けて準備もあるよね・・・」
「ええ」
「雅史君とシフトが一緒になるのもあとちょっとしかないかな。寂しくなるわ」
響子は小さいため息をついた。
「はい・・・。あの、響子さん」
横断歩道に差し掛かった。赤信号で二人は立ち止まった。
「なに?」
「前に一度お話ししたこと考えてくれましたか?」
「あ、うん・・・。ずっと考えてた。今日もずっと考えてた」
響子はずっと前を向いたまま答えた。
「響子さんが結婚されているのはわかってます」
雅史は響子の目をしっかり見て話した。
「ええ。それはいいの。夫との関係はもう破綻しているから。夫には別の相手がいるし、あんな人もう顔も見たくないし、思い出したくない。ちょっと考えただけで、手が震えるの」
響子の右手が小刻みに震え始めた。
「それなら・・・」
「この半年、世間的には許されないことはわかっていても、雅史君とのお付き合いは本当に楽しかったし、何よりも私の生きる力になったわ」
やっと響子は雅史の目を見た。
「僕も響子さんがいたから、勉強も就職活動も頑張れたんです」
「ありがとう。でも、だめよ。私は雅史君よりも7歳も年上なのよ」
「そんなこと関係ありません。何回も言ったように、僕はあなたじゃないとだめなんです」
「雅史君はまだ若いの。一時の感情で将来を台無しにしてはいけない。こんなおばさんと一緒になっても後で後悔するわ」
「しません。そんなことするはずない」
雅史の声が大きくなった。
「落ち着いて。雅史くん」
「すみません」
「ごめんね。私がもっと分別をもってあなたに対していたらよかったの」
「そんなこと言っても、僕の気持ちは元にはもどれません」
「ええ。そうね。ごめん・・・。私もそうなの・・・。頭ではわかっていても無理なの」
響子は両手で顔を覆った。信号は青になっている。信号を待っていた人たちは、立ち止まる二人を怪訝な目で見ながら横断歩道を渡っていく。
「響子さん。僕と一緒に遠いところにいきましょう。僕の存在にはあなたが必要だ。どうしても必要だ」
雅史は、人めもはばからず響子を抱きしめ言った。
「承知してくれますよね?」
「・・・。わかったわ。覚悟を決めましょう」
「もう、離したくありません」
「ええ。もう、いいわ。あなたと歩いていく。どうなってもかまわない」
響子と雅史は、このまま離れたくない気持ちを抑え、一度別れた。二人は、一度家に帰り準備をしてくることになった。
※
「雅史!」
一度自宅に帰るため、駅に向かっていた雅史は、友人の幹久から声をかけられた。
「幹久か。悪いな急いでるんだ」
「ん?どうしたんだ?就職が決まってあとは大学の卒業式だけだから暇だろ?もしかしてバイトか?」
「幹久。俺、就職辞退するわ」
「え?何言ってるんだ」
「ちょっとな・・・」
「もしかして、お前、前に言っていた、バイト先の年上の既婚女性のことか」
「ああ。俺はもう決めたんだ。彼女を連れて逃げる」
「何ばかなこと言ってるんだ。二人で逃げたとして、それからどうするんだ?」
「それはわからない。でも、今の俺は彼女がいないとだめなんだ」
「おまえな・・・」
「いい。それ以上言うな。俺は響子さんが必要なんだ。じゃあな」
「え?雅史ちょっと待て・・・」
雅史は幹久の声に振り向くことなく駅の方向に走っていった。
「雅史、去年聞いた時は『昌美』さんって言ってたよな・・・」
(終わり)
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