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【短編小説】B面の恋

昼過ぎから雨が降り始めた春分の日。須山俊幸は、雨雲が去り青さを取り戻した空を見て、ふと街を散策したくなった。

自宅をでた俊幸は、駅前の小さな商店街に向かった。何か買いたいものがあるわけではなかったが、商店街の賑わいの中を歩いてみたくなった。

「俊幸君?」

商店街のちょうど真ん中に差し掛かったころだった。懐かしい声がうしろから聞こえた。

「倫子ちゃん・・・。びっくりした。久しぶり!」

振り返ると歳月を経ても変わらぬ面影の南倫子が立っていた。

俊幸は、懐かしさとともに胸がわずかに高鳴った。

二人は、営業していない店の前に移動し、昔話に花を咲かせた。

俊幸と倫子は、小学校から高校までずっと一緒の学校だった。高校卒業後は別々の大学に進学したため、今日は25年ぶりの再会だ。

「そういえば、高3の時、倫子ちゃんからLPレコードをもらったよね」

「覚えてくれてたの?」

倫子の顔に笑みが弾けた。

「音楽の話なんてしたことなかったのに、よく俺の好きなバンドのこと知ってたよね」

「え?あ、うん、まあね」

「今さらかもしれないけど、どうしてあのレコードをくれたの?」

俊幸は、昔からずっと心に引っかかっていた疑問を倫子にぶつけた。

「もう、昔の話だから言うね。私は小学校の頃からずっと、俊幸君のことが好きだったのよ」

一瞬間をおき倫子は語り始めた。

「え・・・」

「覚えてないかもしれないけど、小学校の6年生だったかな、クラスの男子にいじめられていた私を俊幸君が助けてくれたのよ。本当に嬉しかった。あの時周りの誰も助けてくれなかったのよ。俊幸くんだけだった。その時から、ずっと片思いしてたの」

「そうだったんだ・・・」

「だから高校も俊幸君と同じ学校を受けたの。合格して本当に嬉しかったわ。3年間ずっと同じクラスだったのもラッキーだった。告白したかったんだけど、恥ずかしくて、いろいろ考えて、卒業前に思い切ってLPを渡したんだ。俊幸君の好きなものをこっそり俊幸君の友達に聞いてね。でも、俊幸君から『ありがとう』という言葉以外に何もなかったから、結局私は諦めちゃったの。私もLPあげただけだったから、今から考えたら仕方ないんだけどね。バカよね私」

倫子は笑い飛ばした。

「そうか・・・。倫子ちゃんは、この駅をいつも使ってるの?」

「今日はたまたまなの。ここの商店街が懐かしくなってふらっときちゃった。今は、実家にいるのよ。私、大学卒業してすぐに結婚したんだ。でも、うまくいかなくて数年で離婚しちゃった。そのあと実家に帰ったの。今は実家から仕事に通ってる。俊幸君はずっとこの辺にいるの?」

「俺も就職した後5年くらいで結婚したんだ。結婚してからずっとここだよ。一度この街から出ようと思ったこともあったけど、結局ここに住みつづけてる」

「俊幸君がここに住んでるって思わなかった。会えて本当にうれしかった。もっと話したいけど、これから用事があるんだ」

「ああ、俺も久しぶりに話せて嬉しかった。元気でな」

「うん。ありがとう」

二人はそう言ってそれぞれ反対方向に歩き始めた。



倫子は俊幸と別れた後、静かにため息をついた。そして、振り返ることなく駅に向かって歩いた。

「今日はもう帰ろう」

倫子はそう呟いた。

倫子がもう少しで自動改札に入ろうとした瞬間だった。

「倫子ちゃん!」

倫子は後ろを振り返った。須山だった。走ってきたのか、息を切らしている。

「どうしたの?」

「俺、倫子ちゃんからもらったLP、今でも聞いてるんだ。俺の家にはオーディオセットがあるからLPレコードを聴けるんだ。もし、倫子ちゃんさえよかったら一緒に聴かないか」

「須山君、結婚してるんでしょ?」

「実は、俺も結婚して数年で離婚したんだ。この街から出ようと思ったのは離婚があったからなんだ」

「そうなの・・・」

「俺、倫子ちゃんがLPをくれたことをずっと気になっていた。さっき倫子ちゃんがくれた理由がわかって、やっと心に引っかかっていたものが取れた。でも、さっき倫子ちゃんと別れたあと、今度は胸がすごく苦しくなったんだ」

「え・・・?」

「もう、倫子ちゃんと離れ離れになりたくない」

「俊幸君・・・」

「俺は自分の気持ちに鈍感だった。でも、やっとわかった。俺はずっと倫子ちゃんのことが好きだったんだ」

「俊幸君。私、本当は用事なんてないの。だから、今から一緒にLPレコード聞きたいな。実はね。あのレコード私も買ったのよ。今はサブスクで聞いてるけどね」

「これからは俺と二人で一緒にレコードを聞いてくれる?」

「うん。よろしくお願いします」

(終わり)

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