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TSUTAYAへ走れ!

 ネットフリックス、Amazonプライム、Hulu、ディズニー+、U-NEXTなど、動画配信サービスのサブスクリプションは便利だ。
 アプリを開いて、作品をタップすればわずか数秒で作品の世界に没入出来る。鬱陶しい広告もほとんどない。あらかじめダウンロードしておけば、飛行機や新幹線の移動時間にも見ることが出来て退屈することが無い。映画もドラマもアニメも豊富に揃っている。

 今やサブスクリプションは常識の時代である。だからこそ、思い出話をしようと思う。

 かつて映画やドラマやアニメを見たい時は、レンタルビデオ店へ行って、ビデオやDVDを借りていた。今でこそ近所にあったレンタルビデオ店は軒並み潰れてしまったが、当時は大変お世話になった。私は特にTSUTAYAをよく利用していた。

 レンタルビデオ店の良さとして、ビデオやDVDのパッケージがずらりと陳列されていたことがある。特に目的もなくふらっと立ち寄ったら、何か見たい作品が見つかってつい借りてしまったり、友達と一緒に入店して、この映画面白いよね、などの雑談をしながら一緒に見る作品を決めて、そのまま借りて家で上映会をする、なんてこともあった。動画配信サービスのホーム画面で作品を選ぶのとはまた違う。「作品に囲まれる空間」がそこにはあった。

 ある夏、そういえばスターウォーズってあんなに有名なのに見たことないなと思い、旧三部作をまとめて借りたことがある。5枚借りると1000円になってお得であるという店員の案内に乗せられて、更に邦画も2本借りた。夏休みでバイトのシフトや遊びの予定もそれなりに入れていたのに、まぁなんとかなるでしょ!となぜか私は強気であった。

 どうなったかというと、返却期限ギリギリまでスターウォーズをぶっ通しで見て、開店前までに返却ポストへ返せば延滞金を取られずに済む!という理由で朝の街をDVDと共に自転車で疾走することとなったのである。

 未だにスターウォーズを見ると、あの夏の朝の匂いを思い出す。


 子供の頃は、クレヨンしんちゃんのビデオをよく借りた。親に「どれにするの?」と言われ、パッケージの裏面をよく見て、なるべく面白そうなエピソードが載っている巻を選んだ。TSUTAYAのあのレンタル袋に詰められたビデオは、なかなかずしりとした重みがあった。

 ビデオは見終わった後、返す前に巻き戻さなくてはいけなかった。今思えば非常に手間だ。ビデオがDVDになった時は巻き戻さなくて良いと聞いて驚いたし、それが今やシークバーを動かせば好きな箇所が自由自在に見れる時代だ。便利になったものだ。今の若者に「巻き戻す」と言っても「なにそれ?」と言われそうである。要するにテープの位置を元に戻すことなんだけれど……私の言葉では説明が難しいのでググって欲しい。まだ全然若者のつもりでいたけれど、さすがにもう私も若者ではないな……。


 レンタルビデオ店では、CDも借りることが出来た。
 オタク高校生だった私は、「ゆりゆららららゆるゆり大事件」のCDが借りたくて店内中を探し回ったがどうしても見つけられなかった。そこで店員さんに声をかけた。
「あのー、CDを探してるんですけど」
「なんてCDですか」
「アニメのCDなんですけど……ゆりゆららららゆるゆり大事件です」
「ゆり…?なんですか?」
「ゆりゆららららゆるゆり大事件です」
 顔から火が出そうであった。TSUTAYAの店員さんはアニメイトの店員さんとは違う。アニメとか絶対見なさそうな、優しそうなおじさん店員さんが、ぽかんとしか顔でこちらを見ている。しかし私も譲れない。ここまで来たのに手ぶらで帰る訳にはいかないのだ。
「ゆりゆらららら?探してみますね」
 おじさん店員は機械で在庫を確認した後、カウンターの奥を見る。私は知っている。返却された後、まだ棚に戻されていないCDがそこにあることを。
「あ、ありましたよ。ゆりゆららららゆるゆり大事件!」
 タイトルを……そんなに大声で……読み上げなくて大丈夫です……でもありがとう……。自意識過剰かもしれないが、周りにオタクだと思われるのが恥ずかしかった。こうして私はゆりゆららららゆるゆり大事件を手にTSUTAYAを後にしたのであった。

 今や音楽もサブスクの時代だ。もちろん配信されていない曲もあるが、クラシックから最新の流行曲まで、幅広いジャンルの曲を手軽に聞くことが出来る。時代の変化は凄まじい。

 このように、レンタルビデオ店には沢山思い出がある。

 今でもレンタルビデオ店自体は各地に現存している。あの作品に囲まれる空間も、レンタルというシステムも、完全に消失した訳ではない。サブスクにはない作品が見たいコアな映画好きや、そもそもサブスクを利用出来ないシニア層などの需要もある。

 しかし家の近くに無くなってしまった以上、以前のように出掛けた帰りにふらっと気軽に立ち寄ることは出来なくなってしまった。

 ショーシャンクの空に、レオン、パルプ・フィクション、スタンドバイミー、ニュー・シネマ・パラダイス……どれもこれもあのTSUTAYAで借りた作品ばかりだ。借りようと思ってた作品とは違う作品を間違って借りたことも、友達に勧められた映画が死ぬほどつまらなかったことも、今ではいい思い出だ。
もうあの店舗は今はない。サブスクリプションとの競争には勝てなかったのだ。盛者必衰の理である。

 サブスクリプションは、面倒くさがりの私とって何より「返さなくていい」のがとても心強い。朝の街をDVDと共に自転車で疾走するような日は二度と訪れない。なんだか寂しいが、便利なのに越したことはない。

 けれど時々、思い出すんだ。

 あの時払った延滞金、もったいなかったなって。

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