[全文無料] サイパンへの旅で母にもらった笑顔
[以下はfacebookに投稿した記事をまとめたものです]
☆母という名の空洞
芝居をやってる知り合いの稽古に出たら、心理的なワークをやることになって、ぼくは母の腹の中で震えていたことを「思い出した」。
もちろんそれは事実ではない。象徴的で神話的な理解の話である。
[しばらく母にまつわる随想を断片的に書き綴る。どれだけ書けるか、これきりになるか、まったく分からないけれど]
☆大人にはなれないということ
「ブリキの太鼓」という映画化もされたドイツの小説がある。大人になりそこなった子どもの物語を、幻想的なリアリズムで綴った名作である。
ぼくも大人になりそこなったので、しかも大人の振りをするだけの体力も精神力もないので、大人にはなれない者として、今はインドで大人とは何なのかを勉強している。
母や父も大人になりそこなった人間なのだなと気がついたのは、割と最近のことだ。もちろんこういうことは程度問題で、誰もがある意味では大人であり、同時に別の意味では大人になりそこなうのだ。
☆甥っ子と母
兄が結婚して甥っ子ができた。20年以上前のことだ。その頃にはぼくも実家を出ていたが、母が実家で甥っ子を預かっているのにたまたま居合わせたことがある。
戦前に建てられた古い家の縁側で、母が甥っ子を遊ばせていた。
甥っ子はまだ二歳前で言葉もない。遊ばせるためには、甥っ子の反応を見なければならない。
母は玩具の飛行機を手に持ち、びゅーんと言いながらそれを飛ばしている。けれど、母の目は手にした飛行機を見るばかりで、甥っ子に視線をやることはなかった。
「これはダメだな」という想いが浮かんだ。母は子どもの気持ちを察することができないのだ。母は自分の世界では「子どもを遊ばせている」のだが、現実の世界では「自分が遊んでいるだけ」なのだ。
人の気持ちを察することができない者は、大人になりそこなう。共感力の欠如をぼくは母から受け継いだのである。
☆前言をくつがえす女
兄が小6、ぼくが小3のときだったか、兄が母に「水泳でこれこれの級を取ったら一万円くれるか」と持ちかけたことがある。母はよく考えもせず「いいわよ」と安請け合いし、いざ兄が級を取ると前言をひるがえした。なんだかんだ理屈を言って兄にお金をやらずにすませようとしたのだ。
そのとき、いつもは息子夫婦のやり方に口出しをしない祖母が現れて、「あなたは一度約束したんだからちゃんとその通りになさい」と一喝した。
この祖母の一言で「この世には正義もある」と知ることができて本当によかったと思う。これがなければ、母に対する漠たる疑惑を、もっと鋭くもっと長く抱え続けざるを得なかっただろうから。
☆へその緒をつなぎ直す。
幼稚園に通う道でこんなことがあった。
ぼくが母と手をつないで歩いていると、どこかの悪ガキたちが「女の腐ったのぉー」と囃し立てながら、走ってぼくらを抜き去っていくのだ。
そのとき母がどんな反応したのかは憶えていないし、自分がどんな気持ちになったのかもよく分からない。
とにかくぼくはそのことをきっかけに母の手を失ってしまった。
それはぼくにとって、まだ母の腹を出ていないのに、へその緒を断ち切られることだった。
そのことでぼくの中の何かが死んでしまったのだ。
だからぼくは、こうしてへその緒をつなぎ直そうとしている。
そんなことができるのかって?
できるに決まってるさ。
この世には不可能なんてないんだ。
そして万が一それがうまくいかないのなら仕方ない。そんときは死んじまったそいつの冥福を祈り、次の転生のためにナムカンゼオンボサツと真言を唱えるだけのことさ。
☆月に一度の休養日
小学校の頃、月に一度は熱を出して学校を休んでいた。幼稚園のときに「へその緒」を断ち切られたぼくには月に一度は学校を休み、母とのつながりを確認する時間が必要だったのだろう。
熱を出して寝ているぼくに、母はいつもリンゴをすって持ってきてくれた。それがぼくのささやかな慰めだった。
中学以降はいつの間にかそんなに熱を出すことはなくなったが、大学を出て会社勤めを始めたら、病休で有給休暇がなくなるほどに熱が出た。
ぼくには会社勤めは難しすぎるのだ。
二年足らずで会社をやめて、その後は常勤で働いたことはない。
会社をやめたあと、ひと月ほどネパールに行った(ついでにタイも少し)。
今思えば、その旅がぼくの本当の人生の始まりだったのかもしれない。
のちに母とサイパンに行った話も書きたかったのだが、今回はこの辺で母にまつわる回想はおしまいにする。
サイパンから帰る空港で、母が日本の同年配の女性と話したら、「娘さんと旅行してる女性は多いけど、息子さんと一緒っていうのは珍しい、いい息子さんね」と言われたと、嬉しそうに話していたのを思い出しながら。
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