ピンチをピンチに! ~ハブタエンヌは眠らない~ その10
* * *
犬狛国から戻ったシロネは、ひたすらあちこちを飛び回っては嗅ぎ回っていく。
「クロネはどこだ…クロネの匂いは…」
数時間後、力尽き、公園のベンチに倒れこむシロネ。
「シロネさま!」
スパが現れ、シロネの様子を気遣う。
「大丈夫ですか」
「ああ…」ゆっくり起き上がるシロネ。顔には疲れが見える。
「ご心配なのはわかりますが、あまりご無理をなさらないでください」
「今、できることはすべてやりたいんだ。コブタエも、大事な時期なのに手伝ってくれている」
「ああ…餅のお嬢さんですね」
「その後、何かわかったことは?」
「それがまったく…申し訳ありません」
「いったい、どこにいるんだ…」
「必ず見つけますから。シロネさまは、少しご休養を」
スパがササミ缶を差し出すが、シロネは口にしようとしなかった。
* * *
マイヌが笑顔で羽二重餅を頬ばっている。
「本当においしいわ。コブタエちゃんの羽二重餅」
「どんどん食べてくださいね」嬉しそうなコブタエ。
「…ところで、コブタエちゃんてシロネ王子と付き合ってるの?」
コブタエが眉間にしわを寄せる。「まったく少しもこれっぽっちも付き合ってませんが」
「本当? よかったぁ」
「あの…姫さまはクロネ王子狙いではなかったのですか?」
「誰がそんなことを? 私はシロネ王子のようなワイルドな人がタイプ」うふふと笑うマイヌ。
「物は言いようですね」コブタエがぼそっとつぶやく。
「何か言った?」
「いえ、何も」満面の笑みで答えるコブタエ。
「でも…クロネ王子のことは本当に心配だわ」
「ツナ缶が犯人に渡ったら、無事に戻ってくると信じたいです」
「犯人はきっと、ツナ缶を食べて“力”を手に入れたいのよね。でも食べても…」マイヌがため息をつく。
「食べても、とは…?」
「ううん。何でもないわ」
マイヌをじっと見つめるコブタエ。
「隠し事をなさるなら、羽二重餅はもう作りません」
「そ、そんな!」
「作りません」
「えーと、えーと犯人はミラクルオープナーも要求してるのよね?」
「何ですか、それは」
「ツナ缶を開けられる特殊な缶切りよ」
「それがないと、ツナ缶は開けられないということですか?」
「ええ」
「それって、ツナ缶と一緒に移送中なんですか?」
「いいえ。ミラクルオープナーは蔵のどこかにはあるはず」
「じゃあ、それも探して犯人に一緒に渡さないと駄目ですね。缶を開けられなくて犯人が逆上したら、クロネ王子に危険が及ぶことも…」
「そうねえ。一緒に渡した方がいいかも」
マイヌとコブタエの話を天井裏で聞きながら、ニヤリと笑う銀色の毛並み。スパだ。
“そういうことなら…”スパは天井裏を抜け、走り出した。
「ではコブタエが探してきます!」
「あと、それからね…」
マイヌの話の続きを聞かずに、コブタエが部屋を飛び出した。
「行っちゃった…」困り顔でマイヌがつぶやいた。
* * *
蔵の中で缶切りを探しているスパ。
懐中電灯を持ったコブタエが入って来て、辺りをぐるりと照らす。
茶箱の影に姿を隠すスパ。
「広すぎますねえ。また後ほどに…」
懐中電灯が消え、コブタエが蔵を出て行く音がした。
「ふう。助かったぜ」
ほくそ笑むスパの後ろに仁王立ちしているコブタエ。
「…するわけはありません!」
「うわあ!」
反射的に、高く積まれた段ボールの上に飛び乗るスパ。
「スパさん、ここで何を」コブタエが睨みつける。
「ク、クロネさまを探しに」
「こんな閉鎖空間、あなたなら、ひと嗅ぎすればわかるのでは」
「ちょっと風邪気味で…」
「シロネの命令で缶切りを探しに来たのかと思いました」
「そ、そうです、それです」
「あら。間違えました。シロネは缶切りのことを知りません」
「あ…」しまったという表情のスパ。
「なぜあなたは知ってるんですか?」
「ちょ、ちょっと急用が!」
上部の小窓を破り、走り去るスパ。
「大変です! 早くシロネに知らせなくては!」
コブタエも急いで蔵を出た。
スパが、猛スピードで建物の屋根から屋根へと渡っていく。
「こうなったら早めに始末するか…」スパは苦々し気につぶやいた。
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