ピンチをピンチに! ~ハブタエンヌは眠らない~ その1
生い茂る森の一角。四方を囲むサンドバッグ相手にパンチや跳び蹴りを連発する白猫の猫又、シロネの姿。
何かに気付いたのか、ふと動きを止め、辺りの匂いを嗅ぐと問いかけるシロネ。
「シノブか?」
その問いに答えるかのように、瞬時に現れたクリーム色の猫又シノブ。すぐさまシロネの前にひざまずく。
「申し上げます。クロネさまが犬狛国のマイヌ王女にさらわれました」
「何だと!」
黄金に輝く箱をシロネに差し出すシノブ。
「これを持ってお姿をお隠し下さい」
「これは〝黄金の骨ガム〟ではないか…」
「敵の狙いはこの骨ガム。クロネさまはそれを阻止せんとして囚われたのです」
「ならば、敵は当然、骨ガムとクロネを交換だと言ってくるだろうな」
「ですがクロネさまは拉致されながら、天井裏の私に向かっておっしゃいました。“渡せば猫魂国は犬狛国に乗っ取られる。死守しろ”と」
「だが渡さねばクロネの身が……」顔がくもるシロネ。
シノブが、すっくと立ちあがる。
「クロネさまは我々密偵部隊が必ず救出します。シロネさまはすぐにここからお離れ下さい」
「そんな! クロネを置いて逃げるなど…!」
シノブがシロネをかばうようにしながら、周囲の気配を気遣う。草むらをかき分ける複数の足音が聞こえてくる。
「追手が迫っております。どうか」
「だが…」
「どうか!」
「…わかった」覚悟を決めるシロネ。「後を頼んだぞ、シノブ」
一瞬のうちに森を駆け抜けていくシロネ。
シノブは、その後ろ姿に敬礼すると、木の上に素早く登り、木々を渡り、走り抜けていった。
* * *
ベンチに座っているのは、羽二重餅の妖精、コブタエだ。あんこ色のおかっぱ頭に、金平糖が散りばめられた白いベレー帽、白いロングローブ姿の彼女は、熱心な様子で『羽二重餅まるわかり事典』を読んで暗唱している。
「羽二重餅は羽二重織が盛んだった福井県で生まれた」
その目の前を猛スピードでシロネが駆け抜けて行く。森にいた時の猫の姿とは違って人間体だ。銀髪に白いロングコートをまとっている。
そこに、シロネを追いかけてくる大型犬。こちらは本物の犬だ。
慌てふためき逃げ惑うシロネを目撃し、コブタエはつぶやいた。
「困っている人を発見です!」
『羽二重餅まるわかり事典』を頭に乗せて走り出したコブタエは、大型犬をあっという間に追い越した。そして、シロネの横に並ぶと彼に微笑む。
「もうちょっとスピード上げましょう。追いつかれちゃいます」
「……誰?」怪訝そうに答えるシロネ。
「ふふ。私ですか?」不遜な笑みを浮かべるコブタエ。「…私はピンチをピンチに変える女」
「はい?」
さらに不遜な笑みを浮かべるコブタエ。
「羽二重餅の妖精でございます」
「えーと、突っ込みどころ多すぎて対応しきれねえ。てか、今それどころじゃ」
さらにスピードを上げるシロネ。
そのスピードにぴったりと寄り添いながら、コブタエがシロネを引っ張る。
「そこの出口から道路に出て、反対側に渡りましょう!」
バランスを崩すシロネ。
「うわっ!」
道路に出た瞬間に転びそうになったシロネが、走って来た軽トラックに轢かれそうになる。
「うわあぁ!!」
その瞬間、コブタエが、ベレー帽から金平糖を一粒取り、右手で上に掲げて叫ぶ。
「ピンチをピンチに!」
シロネを突き飛ばし、コブタエは高く飛び上がった。
* * *
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