ピンチをピンチに! ~ハブタエンヌは眠らない~ その14
* * *
病室のドアを勢いよく開けるシロネ。その後ろにはコブタエがいる。
「クロネ!」
ベッドの上には全身を包帯でグルグル巻きのシノブの姿が。その傍らには頭に包帯を巻いたクロネが座っている。
「兄さん! コブタエちゃんも」
「無事でよかった……」クロネを抱きしめるシロネ。
「シノブが守ってくれたんだ」
「シノブ、本当に感謝する」深く頭を下げるシロネ。
「シロネさま…」起き上がろうとするシノブ。
「だめだよ、まだ寝てないと」
クロネはシノブを止め、布団を掛け直した。
「兄さんも無事でよかった」
「俺は…コブタエに助けてもらった」
「ありがとう、コブタエちゃん」
「いえいえ」照れるコブタエ。
「でも、試験に必要な金平糖、使わせちゃったな。本当に済まない」頭を下げるシロネ。
コブタエは笑顔で答える。「大丈夫。また今度がありますから!」
「コブタエ…」
「お二人の無事も確認できましたし、私はこれで」
コブタエは笑顔で手を振り、病室を出て行った。
望野宮神社の境内を走ってきたコブタエ。本殿入ろうとして立ち止まると、手元の受験票を裏返した。
「上級試験のチャンスは一回のみ」の文字がある。
“また今度なんてない…もう、お二人に合わせる顔がない”
コブタエはトボトボと去って行った。
* * *
シロネがマントを翻しながら、マイヌの部屋へ入って来る。
「王女、この度は…」
「これはシロネ王子」フントがうやうやしくシロネにお辞儀する。「今回のこと、すべて明らかになったと電話で仰ってましたね」
「はい」
きっぱりと答えるシロネに目をやったマイヌは、しょんぼりとうつむいた。
「そう。あのツナ缶は、もはや巨大な力を持たない…」
「あ、いや、ツナ缶のことはその…」
口ごもるシロネの前に土下座するフント。
「これはすべて、姫さまを教育できなかった私の責任。死んでお詫びを!」
「いいえ! フントは悪くないわ。いい匂いに耐えられなかったのは私なのですから」
怪訝そうなシロネ。「…何の話?」
「ふう」遠い目で、笑顔のマイヌが言う。「ツナ缶、美味でした…」
「食ってたんかい!」
慌てるフント。「ですが、王子。この二日で極上のツナをかき集め、何とか本物に近づけようと努力はしたのでございます」
フントの手には〝イミテーションダイヤモンドツナ缶〟と書かれた缶がある。
「そんなんで騙されるか!」
「ああ、フント。王子はお怒りです。これで私の夢も叶わなくなった…」マイヌが泣き崩れる。
「姫さま、諦めてはいけません。それはそれ、これはこれでございます」
「夢?」いぶかしがるシロネ。
「シロネ王子とのご結婚です!」すっくと立ち上がり、声高々と告げるフント。
「は?」
「そして両国は統合し安泰に」
「えーと…」
シロネは、ゆっくり後ずさりすると、ドアを開け、猛スピードで走り去った。
庭まで一気に走ってきたシロネは、息を切らし、汗を拭う。
「あんな大飯ぐらいの嫁もらったら、猫の餌、全部食われちまうだろうが!」
ふと、ツナ缶が落ちた池を見つめるシロネ。
「本物のダイヤモンドツナ、うまかったんだろうなあ…」
シロネのお腹がグーと鳴る。
「キープのササミ缶でも食いに行くか。てか、コブタエ大丈夫かな…」
空を見上げるシロネには、浮かぶ雲が羽二重餅の形に見えた。
* * *
本殿奥の大鏡から、シロネが部屋にそろりと入って来る。
「ご、ごめんください」
部屋の中央には硯に向かうシンケイと、その傍らで風呂敷を広げるブタエがいた。
「ササミ缶を食べに来たのですか」ブタエが微笑む。
「あの、コブタエの試験は…」
「彼女は試験会場に来ませんでした」
思いきり頭を下げるシロネ。「頼む。コブタエに再試験を受けさせてやってくれ!」
「それはできぬ決まりじゃ」シンケイが答えた。
「俺のせいなんだ。俺の弟を助けるために最後の金平糖使っちゃって…」
「理由はどうあれ規則は規則」ブタエが言う。
「そんな…頼む。頼むから!」
シンケイは、何度も頭を下げるシロネの傍らに来ると、その手を取った。
* * *
参道のベンチには、単語カードをめくるコブタエの姿があった。その頭上には、金平糖が一粒もないベレー帽。
その横にシロネが現れた。
「シロネ…」
「何してんだ」
「ハブタエンヌたる者、日々是勉強です。試験が終着点ではありません」小さい声だが、きっぱりと言うコブタエ。
「ほら。これ、チキンさまからだ」風呂敷から賞状を取り出すシロネ。
賞状には「上級ハブタエンヌ合格証」の文字が見て取れた。
「これは…?」
「チキンさまのやつ、水晶玉で俺たちの様子を見てたんだとよ。おまえの行動は上級ハブタエンヌに値するってさ」
「シンケイさま…」
「それと、こっちは姉御から」
前よりも大きい金平糖が沢山ついたベレー帽を差し出すシロネ。
「ブタエ姉さま…」涙ぐむコブタエ。
「よかったな、コブタエ」
「はい!」
コブタエは、満面の笑みで答えた。
* * *
ササミ缶にがっつくシロネが、ぺろりと口周りを拭った。
「ま。一件落着だな」
「そうであった」シンケイがシロネに包みを差し出す。「まだこれを返していなかったな」
「ん?」
「骨ガムです」ブタエが言う。「元々あちこち割れていたようですね。完全修復は難しいそうです」
「そうか…」ヒビだらけの骨ガムを眺めるシロネ。
「大国主さまのお見立てでは、以前に激しく噛まれたのではとのことでした」
「以前…」
シロネの脳裏に、ふと、ある光景が浮かんだ。
赤ん坊のシロネが骨ガムに噛みつきまくり暴れている。
「わーっ!」焦るシロネ。
「いかがいたした」
「な、何でもない」
「大丈夫ですか。顔が青いようですが」ブタエがシロネをのぞき込む。
「だ、大丈夫」
コブタエも、やはり何かを思い出したようだった。
「そういえばシロネ。最初に犬に追われていたのはなぜですか。あの時の誘拐は狂言だし、骨ガムを追われていたわけじゃないですよね」
「ああ、あれは犬狛国とは関係ない」
「ではどこの追手なのです?」
「ただの犬。腹が減って、民家の庭にあったドッグフードに手を出そうとしたら、怒って追って来た」
「はあ?」
「人間に変身して逃げたんだけどさ、骨ガムの匂いでわかったらしくて」
「じゃあ悪いのはシロネじゃないですか。私は泥棒猫を助けたんですか!」
「はあ? ポイント欲しさに助けたくせに」
ギャーギャーと言い合うコブタエとシロネ。
やれやれと言った顔でブタエが尋ねる。
「ところでシロネ、旅行にでも行くのですか?」
シロネの横には大きなスーツケースがある。
「今日からここで世話になる」
「はあ?」シロネを睨むコブタエ。
「国にいたら、今度さらわれるのは間違いなく俺だ…」
シロネは、目の前に浮かんだ、羽二重餅を片手に微笑むマイヌの姿を両手でかき消した。
肩をすくめるコブタエ。「では私のペットということで」
「何でだよ!」
* * *
その頃、猫魂国宮殿の執務室では、シノブが一通の手紙をクロネに差し出していた。
「シロネさまの部屋にこれが…」
手紙を読むクロネ。
「クロネへ。俺は国を出る。スパの不祥事の責任を取って、王位継承権はおまえに譲る。シノブは嫁にしろ。シロネ」
「兄さん…」
クロネから渡された手紙を読んだシノブの頬が赤らむ。
「あ、あの…シロネさまは大丈夫なんでしょうか」
微笑むクロネ。
「大丈夫だ。兄さんにはピンチの時に助けてくれる友がいる」
* * *
飽きもせず、ギャーギャーと言い合っているコブタエとシロネ。
「それに、おまえがスパを倒したあれ、ビームじゃなくてボールだから」
「ビームの方が語呂がいいんです!」
コブタエとシロネを見つめるブタエとシンケイ。
「何だか賑やかになりそうですわね」
「まあ、それもよい」
逃げるシロネと追いかけるコブタエを見ながら、シンケイとブタエは微笑みあった。
(終)
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