ピンチをピンチに! ~ハブタエンヌは眠らない~ その8
* * *
自分の部屋で大きなケーキを食べているマイヌ。
フントが足早に部屋へ入って来る。
「あら、なあに。ノックもしないで…」口に付いたクリームを、慌ててナプキンで拭くマイヌ。
「ケーキなど食べている場合ではございません。シロネ王子がおいでです」
「え? シロネ王子が?」
顔がパーッと明るくなるマイヌ。
「ちょっと待っていただいて!」
慌ててクロゼットから何枚もドレスを出すマイヌ。鏡の前で合わせる。
「姫さま。こちらのピンクのドレスにいたしましょう」
「うーん」
「シロネ王子は気が短いと、もっぱらのご評判。待ちくたびれて帰ってしまわれたら、どうするのです!」
「そんなの困るわ!」
目にも止まらぬ速さでドレスを着替え、ばっちりメイクを施したマイヌ。
阿吽の呼吸でフントがドアを開けると、ドレスの裾を持ち、猛スピードで応接室へ駆け出した。
ドアの前でピタッと足を止めるマイヌ。再び阿吽の呼吸でフントが全身を写せる大きさの鏡を差し出す。
「完璧だわ」
マイヌはフントにうなづくと、フントが応接室のドアを開けた。
「シロネ王子! いらっしゃいませ!」
「ご無沙汰しております」
「ちょうどシロネ王子にお話がございましたのよ」
長椅子に座るシロネの横にぴったりとマイヌがくっつく。ドレスの中で尻尾がぶんぶんと振られているのがわかる。
そんなマイヌの様子を特に気にするでもなく、淡々と告げるシロネ。
「クロネが誘拐されました」
「え?」
「犯人が出して来た交換条件はダイヤモンドツナ缶です。お願いです。ツナ缶を渡して頂きたい」マイヌに頭を下げるシロネ。
「ええと…」困惑するマイヌ。
「その代わり、何でもそちらのお望みのものを差し上げます」
「何でも? それでは……」
「〝黄金の骨ガム〟を頂きましょう」フントが割って入る。
シロネがにっこり微笑み、手元の黄金の小箱を開ける。
「それでしたらここにござい……ん?」
箱の中には何もない。
“何で無いー!”
「どうかなさいまして?」尋ねるマイヌ。
シロネは顔の汗を拭いながら答えた。
「いえ、何でもありません。骨ガムは後ほどお持ちします」
「それにしても、いったい誰がクロネ王子を…」フントが心配そうにシロネに言う。
「私にできることでしたら、何なりとおっしゃって」マイヌが何度も何度もうなづきながら言う。
「ありがとうございます。とりあえずはツナ缶をお願いします」
「は、はい…」なぜか困惑した様子のマイヌ。
「ところでシロネ王子」フントが言う「保管場所が遠いため、ツナ缶をお渡しするのは二日後になります。それでよろしいでしょうか」
「わかりました。骨ガムはその時に」
マイヌに恭しく一礼すると、ドアを開けるシロネ。
「もうお帰りになりますの!」
「また二日後に」
シロネは振り向きもせず、部屋を出た。
* * *
がっくりと肩を落として座り込むシロネ、頭を抱える。
「いったい、どこに落としたんだよ…」
そこに、単語帳を片手にぶつぶつとつぶやくコブタエの姿が。下を見ていなかったので、シロネにつまづく。
「ニャッ!!」
「わっ!…ごめんなさ…シロネ!」
「コブタエ…」
いつもなら、ぎゃんぎゃん文句を言うであろうシロネが、しょんぼりとしているので、怪訝に思うコブタエ。
「どうしたんです?」
「どうしたらいいんだ…」
涙目になりながら、シロネはコブタエに事の次第を話した。
「ということは、クロネくん、本当に誘拐されちゃったんですか…」
「シノブも一緒に消えた」
「まさか、シノブさんが犯人だとでも?」
シロネが尻尾を左右にばたんばたんと振る。
「確かにシノブは一日中クロネの傍で働いている。誘拐のチャンスはあるだろうが…」
「シノブさんにしたら、すごく幸せな状態ですよね。それをわざわざ壊すとは思えません」
「ああ」
腕組みするコブタエ。
「でもツナ缶を欲しがるということは、犯人は猫側の人間なのでは」
「考えたくないがな」うつむくシロネ。
と、その時、シロネのスマホが鳴った。
「はい」
「ダイヤモンドツナ缶は用意できたか」
機械のような声が聞こえてくる。
「クロネは無事なのか!」
「ダイヤモンドツナ缶は用意できたか」
「…二日後に犬狛から渡してもらえる手はずになっている」
「なぜそんなに時間がかかる」
「遠方から運ばねばならぬそうだ」
「チッ」
「頼む! クロネの声を聞かせてくれ」
一瞬間があいてから、犯人が答える。
「ま、そのくらいはいいか…ほら」
「兄さん、渡しちゃダメだ!」クロネの声だ。
「余計なこと言ってんな!」犯人が何かを叩く音がする。
「クロネに乱暴するな!」
「また連絡する」
「おい、待て!」
電話はそこで切られてしまった。大きくため息をつくシロネ。
コブタエが心配そうにシロネの顔を見つめる。
「ともかく今はクロネくんを助けることが最優先です」
「それが……肝心の骨ガム、落としちゃったんだよ」さらに大きなため息をつくシロネ。
「骨ガムなら、神殿の神棚にありますけど?」
「は?」ぽかんと口を開けるシロネ。
「最初に神殿に来た時に落としていったのをシンケイさまが保管していらっしゃいます」
「早く言えよ!」
「聞かれてないです」
「…まあな」
「とにかく神社に行きましょう」
コブタエは、むんずとシロネを抱えた。
* * *
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