ピンチをピンチに! ~ハブタエンヌは眠らない~ その3

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  *  *  *

 望野宮神社の本殿奥の部屋は、一般人には入れない場所だった。その様子を知る者は限られている。特に御神体の大鏡は、普段人の目に触れることはない。

 そして、その傍らでは、コブタエが姉さまと慕うブタエが編み物をしていた。ややぽっちゃり体型、長い黒髪に白いロングローブ姿だ。

 その傍らで墨を擦っているのは神獣のシンケイだ。黒い革の上下にポークパイ型の赤い帽子をまとっている。

 ブタエが編み物をしている手をふと止める。

「あら…」

 コブタエとシロネが、大鏡の中から姿を現した。

「シンケイさま、ブタエ姉さま、ただ今戻りました!」コブタエが言う。

「お帰り、コブタエ」微笑むシンケイ。

「お帰りなさい」ブタエも答える。

「おい、ここどこだよ」コブタエの腕から飛び降り、辺りを見回すシロネ。

「望野宮神社の奥です。ここなら追手は来られません」コブタエが言う。

「結界の中か」ブタエに近づき見上げるシロネ。「おい、ブタエとやら、おまえも餅の妖精か?」

「ハ・ブ・タ・エ・餅の妖精です」無表情に答えるブタエ。

 シロネがシンケイに近づき見上げた。

「おい、シンケイとやら。おまえ〝金の極楽ササミ缶〟の匂いがするぞ」

 その言葉にシンケイが笑いだす。「無理もない。我は鶏ゆえ」

 コブタエが、コホンと咳払いする。「シンケイさまは望野宮神社を統べる神獣でいらっしゃいます」

 うっとしそうにコブタエを睨むシロネ。

「あなたのような下賤の者には…」

「ちょうど腹が減ってたところだ。このチキン野郎、俺様のエサになりやがれ!」シンケイに飛びかかるシロネ。

「無礼者!」シロネをローブで叩き落とすブタエ。

 転んだ時に、首輪に結ばれていた黄金の小箱から中身が落ちるが、気付かぬシロネ。ブタエに怒鳴る。

「何すんだ、このババア!」

 ブタエはシロネの言葉を無視してコブタエに言う。

「何なのですか、コブタエ。この可愛げのない白い毛玉は」

 それに対して、なぜかシンケイが答えた。

「猫の魂と書いてネコタマ国の王子シロネだな」

「な、何でそれを!」毛を逆立てるシロネ。「きさま、犬狛側の手の者か!」

 シンケイがシロネの首に手をやり、言う。

「ネームプレートがついておる」

「え? え?」

 慌てるシロネにブタエがくすりと笑う。

「おおかた、粋がって家を出たら、敵に捕まりそうになってしまったといったところでしょう」

「ちげーよ!」

「それでは何ゆえ追われていた」シンケイが問う。

「おまえらに関係ない」

 コブタエが不服そうに言う。「説明してもらわないと困ります」

「何で?」

「ポイントをもらう都合があるので」コブタエが答える。

「はあ? ポイント?」

 コブタエが重々しく答える。「人助けが認められるとポイントをいただけます。十個になったら上級ハブタエンヌ試験の受験資格が得られます」

「上級ハブタエンヌ? 何だそりゃ」

「いわば羽二重餅の妖精の頂点です」

 シロネがブタエに、ちらりと目をやり言う。「でかい餅ってことか」

 シロネを真上から睨むブタエ。

 だが、そんなシロネにはかまわず、うっとりと言うコブタエ。

「そう。あらゆる意味でスケールの大きい存在です」

 コブタエの想像空間が展開する。

「秀でた知性と教養」

 黒縁メガネをかけたコブタエ、俳句を短冊に書く。「古池や 三時のおやつは 羽二重餅」

 場面は次へと移り、コブタエの声がひびく。

「優れた身体能力」

 熊に張り手をするコブタエの姿。

 場面はさらに次へと。同じくコブタエの声が。

「そして究極の美」

 腰に手をやり、ランウェイをモデルウォークしているコブタエ…。

 コブタエが、はっとして意識を目の前のシロネに戻す。

「現在その資格があるのはブタエ姉さまだけ。私も後に続きたいのです」

「つまり、試験のためにポイントが欲しくて俺を助けたと。どこが人助けだよ」不服そうなシロネ。

「そんな言い方しなくても……」

 さらに不服そうなコブタエに、ブタエが告げた。

「コブタエ、今回はノーポイントです」

「ええっ!」

「彼は余計なお世話と感じている様子」

「そんな……あと2個なのに」がっくり肩を落とすコブタエ。

 シロネは部屋を見回しながら言う。

「とりあえず世話になった。俺はもう行く。ここだと仲間が俺に連絡できない。出口どこだ」

「お送りしましょう」ブタエが言う。

「お、おう」

 ブタエはシロネをむんずと抱きかかえると、大鏡の向こうに消えた。

「ブタエ姉さま……」

 肩を落とすコブタエにシンケイが言った。

「コブタエ。人助けとは何か、今一度考えてみるがよい」

 ハッと頭を上げ、元気に答えるコブタエ。

「わかりました! 今度こそシロネを助けます!」

 急いで大鏡から出て行くコブタエを見つめ、シンケイはため息をついた。

「いやはや、どうなることやら…」

 再び墨を擦ろうとしたシンケイは、二つに割れた骨ガムに気付き、手に取った。

「シロネの忘れ物か?」

 シンケイは、それを半紙で包み、神棚に乗せた。

  *  *  *

 ブタエが境内を、シロネを抱きかかえて歩いている。周囲には何組かの参拝客の姿が。

「コブタエにも悪気はなかったのです」ブタエが言う。

「もういいよ」

 シロネは、どうでもいいと言わんばかりに答えると、ブタエの腕から飛び降りた。

「お気を付けて」

 ブタエはシロネに微笑むと、ふわりと飛び上がり、その姿は消えた。

 それと入れ違いに猛ダッシュでコブタエが駆けてくる。

「待って! 待ってシロネ!」シロネをむんずとつかんで抱きかかえるコブタエ。

「何すんだよ!」

「今度はちゃんと助けますから!」

「ノーサンキューだ!」暴れるシロネ。

「これもノーサンキューですか?」

〝金の極楽ササミ缶〟を見せて微笑むコブタエ。

 シロネのお腹がグーと鳴る。

「さあ、詳しい話を聞きましょう」

 不遜な笑みを浮かべるコブタエに、シロネ言う。

「おまえ、妖精ってより鬼だな」

  *  *  *

 本殿の屋根に座っているコブタエとシロネ。その前には静かな街並みが広がっている。

 ササミ缶にがっついているシロネ。よほどお腹が空いているらしい。そんなシロネを見て、くすりと笑うと、コブタエが話始める。

「コブタエには夢があります。ブタエ姉さまのような上級ハブタエンヌになって、羽二重餅と、それを食べて下さる方々の幸せのために頑張るのです」

 ササミを口の周りに付けたシロネが顔を上げる。

「クロネもそんなこと言ってたな…」

 シロネはふと、弟のことを思い出した。

 宮殿バルコニーから城下を眺めているのは、シロネと、その弟で黒猫の猫又クロネだ。

 クロネは街を見渡しながら微笑む。

「僕には夢がある。王となる兄さんを支え、猫魂国の民の幸せのため頑張るんだ」

「そうか」

 弟の穏やかな横顔を見つめながら、シロネはうなづいた。

「クロネというのは?」

 コブタエの言葉に、はっと我に返るシロネ。

「双子の弟だ。今、誘拐されてる」

「なぜそんなことに?」身を乗り出すコブタエ。

 シロネは空を見上げると、話し始めた。

「その昔、俺の国、猫魂国と、犬の国、犬狛国は対立していたんだ…」

 シロネの脳裏には、王冠を付けた猫と、王冠を付けた犬がにらみ合う姿が浮かぶ。

「そして猫魂国には〝ダイヤモンドツナ〟という宝物が、犬狛国には〝黄金の骨ガム〟という宝物があった」

「えーと、こんな感じでしょうか…」

 コブタエの頭に浮かんだのは、キラキラ輝く缶詰〝ダイヤモンドツナ〟を抱える猫の姿、そして、キラキラ輝く骨〝黄金の骨ガム〟をくわえる犬の姿だった。

 続けて話すシロネ。

「宝物は王たる者に巨大な力を与えるという。両国は争いを避けるため互いの宝物を預かり、平和は3代続いた」

「つまり、こんな感じですね」

 コブタエの頭には、〝ダイヤモンドツナ〟をくわえる犬の姿と〝黄金の骨ガム〟にじゃれる猫の姿が浮かぶ。

 シロネが沈んだ声で言う。

「だが平和は続かなかった。クロネの密偵シノブが、クロネが囚われたと告げに来た。敵の狙いはその骨ガムだ」

「それで人間体に変身し、さっきの鬼ごっこだったというわけですね」

「いつまでも逃げているつもりはない。俺がクロネを奪い返す」

「やはり私が力になります」

「おまえに何ができる」吐き捨てるように言うシロネ。

 コブタエが右腕を勢いよく天に掲げる。

「さっきお見せしました。ピンチをピンチに変える力です!」

「ピンチをピンチに変えても結局ピンチだろーがっ」

「それは違います」

 コブタエが、シロネの頭をぎゅっとつかむと、シロネはパシッと払いのける。

「どう違う」

「大きいピンチを中くらいのピンチに、中くらいのピンチを小さいピンチに変えるのです。そしてピンチは限りなくゼロに近づくということです」

 屋根の上から見える境内では、参拝客の子供が走り回っている。その子が、つまずき転びそうになり、母親が慌てて支えるが、子供のバッグが落ち、中身がぶちまけられる。中身を拾いながら微笑みあう母と子。

「最初からピンチをチャンスに変えられないわけ?」つまらなそうに聞くシロネ。

「世の中、それほど甘くありません」

「そもそも俺を助けても猫助けだ。おまえが言う、ポイントとやらにならないんじゃねーの」

「それは、0・5ポイントとして姉さまに交渉します。ポイントにならないなら、猫魂国の主食を羽二重餅にするのもよいかと」

 シロネの脳裏に浮かんだのは、よだれかけを付けたシロネの前に置かれている山盛りの羽二重餅だった。後ろで「朝」「昼」「晩」「朝」「昼」「晩」と文字が変わっていく。

 頭を左右に振り、叫ぶシロネ。

「断る!」

「そうだわ。犬狛国の王女を羽二重餅で攻略するのはどうでしょう。女子を落とすには極上の甘味がいちばん」

「あのなあ、そんな簡単にいけば苦労しねーよ」

 シロネは、やれやれと言わんばかりに肩をすくめた。

  *  *  *

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