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私の素人料理④焼き餃子

0.前置き


焼き餃子ほど謎多き食べ物は、なかなかない気がします。

挽き肉と野菜を小麦粉で作った皮で包んだものを蒸し焼きにする。ただそれだけ。シンプルですが、意外に手間がかかるのも特徴です。肉を挽く作業。キャベツとニラをみじん切りにする作業。肉と野菜をこねて餡(あん)にする作業。小麦粉を練って皮にする作業。どれをとっても大仕事になります。

しかしそれは、「少人数での食事」を想定した時の話です。

大人数での食事となれば、事情は一変します。大量に肉を挽き、大量に野菜を切り、大量の餡を作り、大量に小麦粉を練って、大量の生餃子を貯蔵しておけば、いかに多くの客が押し寄せようとも「どんとこい」です。この大量生産を前提にした「工業的」な料理は、明らかに合理主義の思想を背景にしており、いかにも中国料理の名にふさわしい。

ところがどっこい。焼き餃子は日本料理なのです。中国で餃子というと水餃子のことを指し、焼き餃子は残った餃子を活用するために作られ、「鍋貼餃子」と呼ばれているようです。これはこれで合理的な残飯処理方法と言えますが、とにかく、中国では日本のようにはじめから焼き餃子を目指して作ることはありません。

宇都宮と浜松が、じぶんこそ焼き餃子の聖地だと言い張って競っていますが、果たしてどうでしょうか?根拠として、満州からの引き揚げ者が多かったことを挙げ、満州で食べた味を再現した焼き餃子を店で出した結果、評判になって全国に広がったと主張しているようですが、東京や大阪といった大都市では、戦前から焼き餃子を提供する店があったという記録が残っており、宇都宮と浜松は人気を広げるのに貢献したとは言えても、発祥の地ではなさそうです。

マスコットキャラのランちゃん

「ぎょうざの満洲」というチェーン店があります。この店名なども一見すると「焼き餃子伝承者=満洲引き揚げ者」説を証明しているように思えますが、

この店名は、創業者の金子梅吉の兄が満州からの復員兵で、兄から餃子の話をよく聞いていたということで、中華に興味を持ち始めた1964年頃に兄の話を思い出し、「中華と言えば満洲」として迷わず屋号に満洲と付けたのが由来(Wikipedia情報

とのことで、日本人の「満州幻想」に期待して命名されたもののようです。

「満州幻想」といえば、日暮里のラーメン屋「馬賊」を思い出します。馬賊とは戦時中に満州の地で活躍した、よく言えば自警団(悪く言えば盗賊団)のことです。中国東北地方(満州)の料理を看板にした店にふさわしい店名だと言えます。ただし、店名に満州を感じたところで、往時を知る人もいない令和の世にあっては幻想にほかならず、それどころか若い人はもはや、幻想すら持っていないかもしれません。

「満州幻想」など過去の話。・・・最近までそう思っていましたが、週刊ヤングマガジンで連載中の「満州アヘンスクワッド」というマンガを知って、考えを改めることになりました。

詳しく説明はしませんが、わけあってアヘン製造に手を染めた日本人青年が、中国人・モンゴル人・ロシア人と協力して「アヘン王」を目指す冒険活劇です。満州が生んだ大女優の李香蘭が登場するなど、虚実を上手い具合に織りまぜながら、麻薬ビジネスという皮肉な形で「五族協和」的な人間関係が成立し、必死になって時代と関わり、時代を変えていこうとするストーリーになっています。非常に面白いマンガですが、その反面、こうして満州の物語が再生産されていくかぎり、よくも悪くも「満州幻想」は死なないのだと感じ入ってしまったわけです。


1.材料の準備


料理エッセイで、おすすめのマンガを紹介するなど、脱線にもほどがありますので、無理やり本題に戻しましょう。材料は以下の通りです。

【材料】(1人前)
餃子の皮大判10枚/50円
鶏モモ挽き肉100g/100円
餃子用野菜みじん切100g/50円
お湯50ml/0円
【調味料】
醤油大さじ1
みりん大さじ0.8
にんにく適量
しょうが適量
・・・費用およそ200円
(オーケーストア十条店)

「餃子用野菜」という商品があるのがとても助かります。中身はただのニラとキャベツのみじん切りですが、これがなかったら、みじん切りの作業が面倒で、作ろうと思わなかったでしょう。

これがなかったら、と書いて、この焼き餃子のエッセイを書くに至ったきっかけを思い出しました。ある日、YouTubeで次の動画を見つけたのがきっかけです。

この動画を見る前にも、焼き餃子を作ったことは何度かありましたが、水っぽかったり焦げすぎてしまったりと、毎回どこかしらに不満が残る出来で、出来あがりが一定ではありませんでした。この動画を参考にしてからは失敗することもなく、常に安定した出来になったのです。

この動画の焼き方を参考にしようと決めたのは、ずばり、この人の顔です。何事にせよそうですが、何かを得意にする人の顔には説得力が宿ります。餃子を焼く人の顔として、これほど想像通りの顔も珍しい。「餃子中毒」のTシャツも選んで着ているのではなく、Tシャツが自ら望んでこの人の肌に貼りついているかのような自然さです。

それでは、この餃子顔の先生に導かれて、作っていきましょう。


2.餡をつくる。


ボウルに皮以外の材料をすべて入れます。

ビニール手袋をはめて、こねると、餡の完成です。

余談ですが、どうして餃子の具材を餡と言うのか気になってしまい調べてみました。小豆などを砂糖で甘く煮詰めたものをアンコと言うのは実は後々のことで、餡という漢字の元々の意味は「詰め物」のことです。中国では今も、餡と言えばパオズ(包子)に詰める肉野菜を指すのが一般的で、アンコのほうがむしろ歴史は浅いのです。

こういう言葉のことをレトロニム(新語と区別するために呼び名を付け直された既存の言葉)と言います。自動車が登場する以前に車と言えば馬車もしくは牛車を指しましたが、今は馬車と言わなければ伝わらないように、今は「餃子の餡」と言わなければ通じない。言葉のたどる運命です。


3.生餃子をつくる。


餃子の皮を整然と並べます。兵馬俑のように。

再度ビニール手袋をはめて、均等に餡を乗せていきます。

包めば生餃子の完成です。コツは皮の縁を濡らした指でなぞってから包むこと。ヒダのつけ方は適当です。


4.焼く前の準備


フライパンにごま油を入れて、少し温めたら火を消します。

生餃子を並べます。この際、餃子の底面にごま油を塗りたくるようにします。底面は広い方が良いので、ヒダをつかんで軽く「ぎゅっ、ぎゅっ」と押してやります。この底面に油が塗られていないと焦げ目が生じません。

最後にお湯(50ml)を、すべての生餃子に万遍なくかかるようにかけます。準備完了です。


5.蒸し焼きにする。


ふたをして中火で3分ほど焼きます。

先のYouTubeの先生は、「焼く時間は音の変化で判断するんだ。水が減って油がパチパチと音を立てるようになる。それが食べごろのサインなんだ」と、かっこいいことを言っていたので、「ヨシ、私も音に耳を澄ましてみよう」とやってみたのですが、味噌汁を温める音、玉子焼きの音、換気扇の音などにまぎれて、よく聞こえませんでした。よく考えたら動画は、餃子を焼くことしかしていないから音が聞こえるのであり、環境が異なりますから3分を目安にします。

ふたを取ると、まだ油が残っていますが良い感じです。良い感じの目安は餃子の皮が半透明になって、中の具材が浮き上がって見えることだそうです。YouTubeの先生いわく、「女性の腕の血管が浮き出ているのって、とてもセクシーじゃないですか?あれと同じですよ」とのこと。・・・なるほど。

しばらくフライパンを振って、餃子と油を馴染ませていきます。頃合いを見て火を止めます。


6.盛り付けて完成。


皿をひっくり返してフライパンに乗せ、くるっと半回転させれば、焦げ目を上にした花形の焼き餃子の完成です。

ここまで所要時間30分。費用は何と200円。「食えれば良いや」と言って、味にこだわりのない私ですが、焼き餃子に関して言えば店で食べる味と変わらず、下手すれば店より旨いとすら感じます。YouTubeで出会った変態先生のお蔭で、はじめて納得のいくものが作れました。

シンプルな料理ほど奥が深いと言いますが、焼き餃子はその典型ではないでしょうか。

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