卵を産まない鶏は餌をもらえない雇用制度
若い世代の方々が「自分の能力に合った評価を希望する」発言を聞く度に、終身雇用制度(約15年)と能力主義(約30年)、両方経験した自分の感想を書き記したいと思いました
ぼくが社会に出た昭和50年代は、まさに終身雇用・年功序列でした
この制度は、時間をかけて習熟度を高めて熟練工となるプロセスを評価して、年功が進むにつれて報酬、賃金も上がる制度でした
下積み期間のある、言ってみれば封建的かもしれませんが、今の苦労は将来必ず報われる
と言った期待を持つ事が出来ます
今の苦労は、技術や知識面や経験を積む事で習熟できる為
そしてそれは安定した将来に期待して、無意識のうちに受け入れていたのかもしれません
2000年代前後から、成果主義・能力主義が日本の会社でも囁かれ始め、また男女雇用均等法や、企業の固定費である人件費を流動費に変えることが出来る派遣社員制度の導入など、雇用に関する環境は少しずつ変化していきました
個人的なことですが、1992年に年功序列・終身雇用の日本型の会社から、固定給のない成果主義・実力主義の外資型企業に転職しました
当時思っていましたのは
「能力が平等ではないのに、収入・給与が平等なのはフェアではない」
という思い上がりでした
終身雇用から清水寺を飛び降りる覚悟で転職しました
3人目の子供が生まれたばかりでの転職でした
当時は、転職は今ほど一般的ではありませんでしたしね
能力主義・成果主義とは
どれだけの貢献がなされているか?によって、年齢・経験・資格・性別一切不問で評価されることです
そんなのわかってるよ!
だから魅力的なんだと言われるかもしれません!
ぼくが言いたかったのは、時間の流れの中で裏返しに嫌でも変化する事なのです
「能力主義はその場その場で過去に評価され、今の報酬・収入には評価されない 遡及されない」ことです
過去の業績や以前にどんなに寄与したとしても、現在の収入には反映されないのです
わかりやすく言いますと
今「卵を産まない鶏は餌をもらえない」のです
少子高齢化が進んでいます
平均出生数が下がっているどころか、生涯未婚率も上がっています
一方で、成果主義・能力主義が進んでいます
将来の収入予測が立たないで、どうやって結婚して子供を育てていけるかの見通しが立てづらいのかな?と感じます
終身雇用・年功序列の日本的雇用制度が良く、戻すべきとは思いません
そもそも、企業に所属・依存する時代でもありません
また、自分自身を磨かずに「資格」を多く取ることで、自分を鎧で固めようとする志向にも首を傾げます
これからは自分がどう生きるか?どこに向かって進んでいくのか?
まさに「人生の見通しづくり」が必須です
個人のKGIを明確にセグメントして、そのために今何をすべきか?自分に何を投資するのか?
を考えていく時代なのでしょう
金銭面だけを考えて、新NISAや投資信託、iDeCoでの運用も良いでしょう
それは余裕資金が未来確実にあり続けて、ドルコストで長期・分散投資が出来る事が前提です
つまり、常に卵を産み続けられ餌を定期的に確実に獲得できる事が肝要です
優先順位を見失わないようにしてね
ジジイの説教話になりました
ぼくは今「卵を必死に産もうともがいている年老いた鶏」です
あはは!
がむばりまる!
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