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自分を愛することに疲れた会社員の夜ポエム


会社を出て汚い繁華街を抜けた先に、信号に捕まらないから便利だからとあえて階段を降りていく地下街がある。
今日の地下街には昔のムード歌謡が流れていて、そんな曲が嫌いでないわたしは聞き耳を立てるけれど曲名を検索できるほどには歌詞が聞き取れない。諦めた頃に左後ろから賑やかな声が聞こえ、大学生らしき集団がけらけらと笑いながら、お互いを小突きながらわたしを追い越していった。
こういう時だけ、わたしもそうなりたかった気もするし、絶対にああはなりたくなかった気もする。

この前まで彼氏だった人は今も毎日他愛ない連絡をとってくれるけど、たまにすぐに嘘と分かる嘘をつく。人生の最後にひとりで死にたくないからと見ないふりをするのが大人で、わたしはまだ大人になれない。
さて、「嘘つかれたら悲しいよ」なら責めてないニュアンスになるだろう、「嘘つくのやめてよ」って言ったら返信をくれないかもしれない。なんなら通知だけ確認して面倒になり、ほとぼりが冷めた頃に適当な話題を振ってくるかもしれないし、二度と連絡はこないかもしれない。
わたしは「悲しいよ」と送って、彼のラインを非表示にした。嘘をついた彼のことも彼を責めたわたしのことも、明日の朝くらいまでは忘れていたい。

別れるとき、彼は忘れないよって言った。忘れないことになんの意味があるだろう。わたしはあなたに幸せにしてもらったし不幸のどん底につき落とされもしたから、忘れたい。
忘れないだなんて、片付いていない部屋の片隅にずっと置いてある箱を「何年も触っていないから要らないということだ」と決め込んで開けもせずに投げ捨てるような人が言うくらい不誠実なことだ。
この週末は彼が置いていった服を全部洗わないといけない。そして紙袋に入れて、返すのだ。そしてもう二度と会わない。私の前で、二度と袖を通させてはいけない。返す名目で最後に彼の前で涙を流して自分をかわいそうだと慰める予定だなんて、私もなかなかに汚い人間だ。

地下街を抜けて見えた月は丸く雲がうすくかかっているけど、どこかの人から見ると厚い雲がかかって一切見えないらしい。痛みや苦しみのほうが大きくて、生きている実感だけはあるのに、生きている喜びがない。誰かを汚いと思って罵れば、気づいたら自分の手が汚れている。
明日も汚れた手で潔白に生きるふりをする。

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