海外ミステリー映画史 PART4   1940年代〜1950年代

*1998年「カルト映画館 ミステリー&サスペンス」(社会思想社)のために執筆したものを加筆修正。(映像リンクで実際の作品、予告編が観れます)

ドキュメンタリー・タッチの導入

 第二次大戦が集結してからのハリウッドでは、それまでのウエルメイドな映画の作り方から、ドキュメンタリー・タッチの作劇術が登場してきた。ロケーションを多用したリアリズム映画の最初の作品とされるのがジュールズ・ダッシン監督の『裸の町』(1948年)だ。ニューヨークの下町を舞台に、アパートで起こった女性殺人事件を刑事たちが地道な捜査で解決していくという物語を、無名の俳優を使って巧みに描写している。

裸の町(1948)クリップ

 プロデューサーのマーク・ヘリンジャーはジャーナリスト出身で、第二次世界大戦中では南太平洋戦線で活躍していたという。復員後には、アーネスト・ヘミングウェイ原作の「殺人者たち」を映画化した『殺人者』(1946年・ロバート・シオドマーク監督)などを製作している。
 彼の作品にはジャーナリスティックかつリアリズムが通底しており、新たな時代の犯罪映画の製作者として活躍することになる。

殺人者(1946)予告

 フランスではアンリ=ジョルジュ・クルーゾーが『犯人は21番に住む』(1942年)で衝撃的なデビューを果たしており、とくに1947年の『犯罪河岸』(1947年)はダーク・ムービーの傑作として世界的に評価されている。
ベネチア映画祭の監督賞に輝いた『犯罪河岸』はS・A・スティーマンの探偵小説「正当防衛」の映画化で、クルーゾー自らが脚色にあたっている。ベテラン、ルイ・ジューヴェがアントワーヌ警部に扮し殺人事件を解決するが、事件が起こって警部が登場するまでの描写は、アメリカ映画のテンポではだせないフランス映画特有の情感があり、細かいディティールまで楽しめる。
 クルーゾーの名前は、アスペンスの巨匠アルフレッド・ヒッチコックとともに轟き、1950年代にはいよいよ傑作『悪魔のような女』(1954年)が登場する。

犯人は21番に住む(1942)予告

犯罪河岸(1947)予告


 ヒッチコック渡米後のイギリス映画界では、キャロル・リード監督がサスペンスを一手に引き受けていたような感がある。まずは『邪魔者は殺せ』(1947年・キャロル・リード監督)。アイルランドの秘密結社が工場の経理を襲撃するが、主犯格のジョニー(ジェームス・メイスン)は守衛の返り討ちにあって重傷を負う。逃亡中の車から振り落とされたジョニーが自分の意志に反して、運命の悪戯に翻弄されていく。逃亡者としてジョニーは次第に追い詰められ、破局が近付いていく。キャロル・リードの演出は、追い詰められていくジェームス・メイスンを正攻法ともいうべき、シチュエーションの積み重ねで描いていく。イギリス映画らしい重厚な作品となった。

邪魔者は消せ(1947)本編

 続いてリードが手掛けたのが世界映画史上に残る傑作『第三の男』(1949年・英)。ヒッチコックに代表されるアメリカのサスペンス映画は、ストーリーテリングと演出のテンポで見せるのが特長だったが、リードの『第三の男』はモノクローム映像に浮かび上がる光と影の構図、音楽と画面のシンクロという映画本来の魅力をたたえている。
 そういう意味ではムードの映画であり、名手ロバート・クラスカーによる撮影はワンショットずつ、どのカットをとっても素晴らしく、映画が<画>によって構成されていることを改めて感じさせてくれる。

第三の男(1949)予告

 1950年代になると、アルフレッド・ヒッチコック監督は、パトリシア・ハイスミスの原作をベースにした『見知らぬ乗客』(1951年)を発表する。「交換殺人」というテーマと遊園地での殺人場面のみが原作より引用され、脚色を担当したレイモンド・チャンドラーとヒッチコックがオリジナルに近いストーリー展開をしている。
 テニス選手のガイ(ファーリー・グレンジャー)は見知らぬ男ブルーノ(ロバート・ウォーカー)から、父親殺しを依頼される。その変わりガイの妻を殺してやるとブルーノは一方的に提案する。お互いに殺人の動機がなければ、嫌疑はかからないというのだ。冗談と取り合わなかったガイだが、妻が遊園地で殺害されたとの報せを受ける。
 ロバート・ウオーカーには、ホモセクシャルな雰囲気を匂わせている。ヒッチコックは徹底したゲーム感覚あふれる演出で、「交換殺人」の行方を描く。ペシミスティックな雰囲気が1950年代のサスペンス・スリラーの新しさだったのかも知れない。

見知らぬ乗客(1951)予告

 ペシミスティックというよりシニカルな作品となるのが、ビリー・ワイルダー監督の『サンセット大通り』(1950年)もある意味ではミステリー・サスペンスかも知れない。ファースト・シーンでプールに死体が浮かんでいる。死体のモノローグで映画が始まる。彼の名前はジョー(ウイリアム・ホールデン)。売れないシナリオ・ライターだった。ジョーがなぜ死に至ったか、この家の主人の無声映画時代の大女優ノーマ・デズモンド(グロリア・スワンソン)との出会いがすべての始まりだった。物語自体はミステリーではないのだが、その語り口が<ジョーの死>の謎解きであるという点では、サスペンスフルな展開を見せる。

サンセット大通り(1950)予告

 ウイリアム・ワイラー監督の『探偵物語』(1951年)は、シドニー・キングスリーの舞台劇の映画化ながら、当時の批評では原作舞台より優れているとまで評価されている。ニューヨーク市警のある分署での様々なスケッチに始まり、映画は敏腕刑事マクロード(カーク・ダグラス)の物語となる。
彼が深く愛している妻メアリー(エリノア・パーカー)が結婚前に遊び人ジャコパティ(ジェラルド・ムーア)と関係して妊娠し、堕胎医シュナイダー(ジョージ・マクレディ)に処置してもらったという暗い過去が浮かびあがってくる。
 女スリ、ケチな泥棒、チンピラ、使込みをした青年・・・。人間模様の中に、刑事の抱える苦悩が描かれて、人間洞察に深い味わいを見せるウイリアム・ワイラーらしい1本となった。

探偵物語(1951)予告

 人間ドラマに主眼を置いたサスペンスが50年代の特長とするならば、スペインとイタリアの合作である『恐怖の逢びき』(1954年・ホアン・アントニオ・バルデム監督)も、監督渾身の人間描写が冴え渡る傑作となった。
エゴイスティックな人妻(ルチア・ボゼ)が幼なじみの助教授(アルベルト・クロサス)と情事を重ねていた。ある日、ホテルからの帰り道、車で自転車に乗っていた男を轢いてしまう。助教授は男を助けようとするが、人妻は二人の情事の発覚を恐れ、そのまま逃げようと提案、助教授も従う。やがて二人に脅迫者がつきまとい、助教授は警察に自首しようとするが、夫にすべてがバレるのを恐れた人妻は助教授を殺してしまう。
 ひとつの嘘を守り通すために、後戻りができなくなる。日本でも松本清張あたりが好みそうなプロットだが、バルデム監督は、ワンショットずつまるでサイレント映画のように、映像の工夫を凝らしている。映画草創期の名作を思わせる丁寧な描写の積み重ねが、サスペンスを盛り上げている。

恐怖の逢びき(1954)予告

 フランスでは、スリラーの巨匠アンリ=ジョルジュ・クルーゾーが『恐怖の報酬』(1952年)を発表。ニトログリセリンを車で運ぶ危険を買った、ならず者のイヴ・モンタンが味わう恐怖を、乾いた描写で描き、サスペンスに新たな境地を開いた。1978年には、ウイリアム・フリードキン監督、ロイ・シャイダー主演でリメイクされている。

恐怖の報酬(1952)予告 

 また、アルフレッド・ヒッチコック監督が原作を狙っていたという『悪魔のような女』(1955年)は、シモーヌ・シニョレ、ヴェラ・クルーゾー二大女優の共演によるクルーゾーの話術の巧みさを見せたドンデン返しが衝撃的なサスペンスの傑作。
 ラストのショック場面は後のサスペンス映画ばかりでなく、ホラー映画へも多大な影響をあたえ、1996年にはシャロン・ストーン、イザベル・アジャーニ主演でリメイクもされている。

悪魔のような女(1954)予告

 フランスのフィルムノワールが一挙に開花したのが1950年代半ばのこと。アメリカからフランスへ招かれたジュールズ・ダッシン監督の『男の争い』(1955年)は、三十分近く、宝石店の金庫破りを、全くセリフがないまま展開。
 緻密な準備を重ねて、宝石店の二階に押し込んで、床に穴を空けて階下におりて、金庫を倒し、裏から金庫を破って盗みだす。まさに手に汗握る名場面となった。やがて金庫破りのチームが、ギャング団との抗争が繰り広げられる。俳優陣もユニークでロベール・オッセンといった監督に交じって、ジュールズ・ダッシン監督も出演している。
 『裸の町』でリアリズムを追求したダッシン監督がフランスの犯罪映画の香りを巧みに取り入れ、フィルムノワールの快作となった。

男の争い(1955)予告

 また、フランス映画らしい、フィルムノワールといえばジャック・ベッケル監督の『現金に手を出すな』(1954年)に尽きる。
 初老のマックス(ジャン・ギャバン)は相棒で親友のリトン(ルネ・ダリー)と、オルリー空港から五千万フランの金塊を盗みだす。リトンはうっかり情婦ジョジー(ジャンヌ・モロー)に金塊の話をしてしまったために、ジョジーと通じている若いギャングのアンジェロ(リノ・ヴァンチェラ)に命を狙われる。マックスはこの金塊を老後の資金として引退を考えていたが、親友のためにアンジェロと取引をすることにする。
 徹底したリアリズムで、初老のギャングの物語を描く、ジャック・ベッケルの演出は、時に凄惨なまでのアクションを全面に押し出しながらも、遊び人としてのジャン・ギャバンの年輪を哀愁を持って描く。「鬼平犯科帳」を思わせるが、池波正太郎はこの映画のジャン・ギャバンのイメージを長谷川平蔵にダブらせているという。

現金に手を出すな(1954)予告

ヌーヴェル・ヴァーグの台頭

 そうしたベテラン俳優の味もフランス映画の魅力だが、1950年代はヌーヴェル・ヴァーグの時代でもあった。ルイ・マル監督がマイルス・ディビスの音楽をフィーチャーしたサスペンスの傑作『死刑台のエレベーター』(1957年)や、エドアール・モリナロ監督がアート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズのモダン・ジャズに乗せて演出したギャング映画『殺られる』(1959年)、クロード・シャブロル監督の『二重の鍵』(1959年)といったサスペンス映画をつぎつぎと発表。世界で最初にアルフレッド・ヒッチコックを認めたフランス映画界らしく、若手監督がこぞってサスペンスに手を染めていた。

死刑台のエレベーター(1957)予告

殺られる(1959)マルセルのブルース 

二重の鍵(1959)予告

 ハリウッドでも若手のスタンリー・キューブリック監督の『現金に体を張れ』(1955年)がドライな演出で注目を浴びた。刑務所から出所したばかりのスターリング・ヘイドンが、仲間とともに競馬場の売上金強奪を計画する。馬券売場の係員や場内の酒場のバーテン、パトカー警官まで仲間に、用意周到なプランを練る。仲間たちそれぞれの普段の生活が丁寧に描写されるうちに、強奪金を横取りを目論む男たちが登場したりする。いよいよ犯行当日、まんまと強奪した金をスターリング・ヘイドンが運ぶ途中に、横取りされてしまう。銃撃戦が続き、ヘイドンは紙幣の入ったトランクを持って逃亡しようと飛行場にやってくる。キューブリックは丁寧な描写と、大胆な省略を巧みに使って映画にリズムを与えている。ラストまでの展開はそれまでのハリウッドには見られなかった斬新さが印象的。 

現金に身体を張れ(1955)予告

 ヒッチコックは『裏窓』(1954年)、『ダイヤルMを廻せ』(1954年)、『泥棒成金』(1955年)と、多彩なサスペンス映画でクール・ビューティ、グレイス・ケリーの魅力を最大に引き出して、大御所の風格を見せ付けている。意外なところでは、『私は告白する』(1953年)。カトリックの神父が信者から殺人を犯した懺悔を聞いて、口外できないという戒律に縛られて、自身が殺人の嫌疑をかけられてしまう。そうした状況設定の着想の面白さがヒッチコックらしさといえるだろう。
 1950年代はまさにヒッチコックの黄金時代であり、ジェームズ・スチュワートが主演した『知りすぎていた男』(1956年)、『めまい』(1958年)。ケーリー・グラントが巻き込まれ型サスペンスに挑戦した『北北西に進路をとれ』(1959年)など、代表作ともいうべき作品を毎年のように発表していた。

裏窓(1954)予告

ダイヤルMを廻せ(1955)予告

泥棒成金(1955)予告

私は告白する(1953)予告

知りすぎていた男(1956)予

めまい(1958年)予告

北北西に進路を取れ(1959)予告

 ビリー・ワイルダー監督も『情婦』(1957年)では、アガサ・クリスティ原作の舞台劇「検察側の証人」を大胆なドンデン返しを加えて映画化。その語り口はますます冴え渡っている。

情婦(1957)予告

 鬼才オーソン・ウエルズが監督、脚本を手掛けた異色のサスペンス『黒い罠』(1958年)も1950年代の収穫の一本。メキシコ国境に近い町に、メキシコの麻薬捜査官チャールストン・ヘストンが妻のジャネット・リーと共に立ち寄る。そこで何ものかに車を爆破され、地元の警官オーソン・ウエルズに捜査の協力を依頼する。
 ところが、ウエルズは無実の人を犯人に仕立てあげるようなパラノイアだった。ヘストンに自分のやり方を見抜かれたウエルズは、ジャネット・リーを誘拐して、犯人の仕業に見せ掛ける。
 ファースト・シーンの移動撮影に始まるカットが延々八分間続く。オーソン・ウエルズの演出は、力業という言葉がふさわしく、ケレン味が溢れている。悪徳警官というより精神異常という感じのウエルズの凝りにこった演技が見物で、ウエルズの情婦役で登場するマレーネ・デートリッヒも『情婦』に引き続いて妖艶な魅力をスクリーンに焼き付けている。
 これが映画音楽デビューのヘンリー・マンシーニのジャズ風のサウンドがハードボイルドな雰囲気を醸し出しており、1990年代になって完全版が公開されている。

黒い罠(1958)予告


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