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0ゲートからの使者「28」

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シーソー


次のレクチャーは冬至の前日だった。
朝から北風が冷たく、寒がりの玲衣は防寒対策ばっちりの姿で滝の音公園へと向かった。
年の瀬に向かって時間は加速しているような気がしていた。



社の中は年中同じ温度のようだ。帽子、手袋、マフラー、ダウン、セーター、あれこれ脱ぎだす玲衣をテラスがロシアのマトリョーシカ人形みたいと笑った。
 
「玲衣、明日は冬至でしょ。一年のうちで日が一番短くなる日よね。陰陽でいったら陰のエネルギーが最も強まる日。陰が極まると次は陽に転じる。冬至から陽のエネルギーが徐々に強くなり、人間もその影響を受けるわ。これから寒くはなるでしょうけど、自然も閉じていた状態からほんの少しずつ開いていくのよ」

「ありがたい。私本当に寒いのもそれから日が早く落ちるのも苦手なの」

「玲衣のようなタイプはおそらく、夏になればなったで暑いのは苦手と言うでしょうね」
テラスに痛いところをつかれ、てへっと苦笑する。


「では夏至は陽のエネルギーが一番強まるということになるの?」

「そうね、太陽のパワーがマックスになるということ。その翌日から日が短くなって、陰が強まっていきます」

「でも変なの。7月とか8月って暑いのに陰が強まっていっているなんて。今もそうよね、これからますます寒くなるのに陽が強まっていくって。混乱しそう」

「理科の勉強さぼったわね、玲衣。太陽が高く日照時間が長いから海水も地面も温められて気温が高くなるのが夏、太陽が低く、斜めから射して日照時間も短いから気温が低いのが冬って習わなかったかしら」

「うう、そうだったような。私、ホラ、理数系が苦手で。もっと私にわかりやすく簡単に教えて?」

 しょうがないわね、といった顔で
「それは小学生の図鑑ででも調べてちょうだい。まあこれも陽の中に陰があり、陰の中に陽があるということなのよ」
というので、玲衣はますますわかりません、という顔をした。

 
スーサが空中でいつものように手を動かすと、二つの三角形が現れた。
一つは頂点が上を向いているもの、もう一つは下を向いているものだ。

上向きの△は陽性を表す。
しかしこの△の中には下向きの陰性を表す▽が入り、その▽にまた△が入りと、入れ子のような構造になっている。
陽の中に陰があり、そのまた陰の中に陽がある、を表している。逆に下向きの陰性を表す▽でも同様であり、陰の中に陽がある、である。

スーサが出した二つの三角形の中にある三角形は空中で次々と△▽を繰り返していた。

「男性の中に女性性が、女性の中に男性性があるようなことよ」

「なるほど! 二人みたいね。テラスは女性なのになんだか男性っぽいし、スーサは男性だけどなんというか、女性性の優しさや受容性を感じるもの。アニムスとアニマね」

「あら、難しいこと知っているじゃないの」

「一応私、大学では心理学を専攻してて。心理学者のユングが男性の内面にある女性性をアニマ、女性の内面にある男性性をアニムスと呼んだのです、コホン」

「ほほぅ」

「あ! インとヤンもそうだよね! インは男の子なのに優しくおっとり。ヤンは女の子なのにめちゃ強気よね。陽の中に陰、陰の中に陽発見」

「まあそういうことになるわね。明るく振る舞っている人物が、心の内で孤独や厭世観を抱いていることだってあるし、物静かでおとなしいと思われている人が実は情熱的でヘヴィメタ好きだったりもあるわね」

「ヘヴィメタ!」
 
スーサが話を進める。
「さて、玲衣、さきほどの夏至や冬至の例で、どちらかの極のエネルギーが極まると、対極のエネルギーを生じるというのはわかりましたね。これを陰陽転化と呼びます。実はこの作用、すでに玲衣も体験済みだと思われますよ」

「え? 陰陽転化を?」

「たとえば風邪をひいたかな、と思うとき、最初はガタガタと悪寒がしますね。いくら布団をかけても寒いというのは陰の状態ですが、あるところまで行くと、今度は熱が急に上がり、陽へと変化します。この状態が、陰が極まり陽に転化した、ということになります」

「あー、ホントだ。冷えから熱になる」

「他にはさぁ、優等生だった子が急に不良グループに入ってしまうなんていうのもあるわよね」

「テラス、今の時代のそんなことまで何で知っているの?」

「そういうの、過去も未来もたいして変わらないのよ」

「まじで!」

「そのようなケースも、陰である抑圧が強まり臨界点に達し、陽の反発へと転化したと言えるでしょう」

「たしかに優等生しているとどこかで爆発して、いい子の仮面を脱ぎ捨てたくなるものね。友達の十和子もね、お家が厳しくてお嬢様だったのに、今は自由奔放な恋愛体質だわ」
玲衣はうなずき、陰陽転化が少しわかった気がしてきた。
 
「言ってしまえば、私たちはみな巨大なシーソーのどこかにいるようなものです。できるだけ中心近くにいれば、左右の傾きもなんとかバランスが取れますが、どっちかの縁にうっかり行き過ぎてしまうと、急激にバランスを崩して大きく傾いてしまいます。傾きが大きければ、バランスを取り戻すのは容易ではありません」

スーサの説明に玲衣は大きくうなずいた。
「たしかに。風邪も初期に大事をとっていたら回復が早いけれど、無理したりすると重症になってなかなか回復できなかったりするものね。バランスって大事ね」

「そうよ。病気でも人間関係でもなんでも苦しいことや辛いことはどこかでバランスが崩れているからでしょうし、バランスされるべき物事があると教えてくれているとも言えるわね」


「シーソーかぁ……」
玲衣は前に見た空飛ぶ夢を思いだした。右に行き過ぎ左に行き過ぎ、夢の中とはいえコントロールに四苦八苦した。あの夢のように、あっちに傾きこっちに傾き、たしかに人生は巨大なシーソーだとあらためて思った。


 
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