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0ゲートからの使者「1」

【あらすじ】
彼氏に振られ仕事にも活力を見いだせないアラサーOL玲衣のもとにある日不思議な現象が。ひとりそれをたしかめに出かけた先で美しい双子の姉弟、テラスとスーサに出会う。彼らは未来人だという。そして玲衣に数の世界のレクチャーを始める。
数秘術に関心があった玲衣にとっては最初は疑問だらけだったふたりの話が徐々に面白くなり、玲衣自身や彼女を取り巻く人間関係にも少しずつ変化が訪れる。
そしてある晩、0のゲートが開かれる。ホワイトタイガーのインと黒猫のヤンにいざなわれゲートに足を踏み入れる玲衣。玲衣の使命があちらの世界で待っていたのだった。

第1章 クロースエンカウンター


プロローグ


大広間は白いローブを身に付けた大勢の人間たちでごった返していた。
みな口々に何かを叫んでは喧々諤々と頭を突き合わせている。

彼らの視線の先には巨大なモニターがあった。
そこに映し出された太陽は膨れ上がり、ぶすぶすと緑色の泡沫を不気味に吐き散らしている。

中央に置かれた識者らしい人々が座っているテーブルからひとりの女性が立ち上がり、周囲を見渡し、傍らの人物に不安そうに語りかけた。

「レイは? レイはどこ?」

「おかしいですね、さっきまでここにいたのに。宮殿の外を見てきましょう」

「私も行くわ。急がないと! 時間がないわ」

二人はそっと席を離れ、人波を潜り抜けながら大広間を横切り外へ出て、長い白い階段を駆け下りていった。地面からは炎のような揺らめきが立ち昇っている。

「いったいレイはどこに行ってしまったの! 煙のように消えてしまうなんて」

「もしかするとあの場所にいるのかもしれません」

「ええ。とにかくあそこへ行ってみましょう。もう本当にどうしたっていうの、これから大事な役目があるというのに!」

あの場所とは、いつも三人で眼下の湖を見つめながら語り合う小高い丘のことである。
二人は小走りに丘を上っていった。

湖面からの水蒸気のせいだろうか、あたり一辺はガスで曇っていた。

「レーイ!」

「レーーイ!」

二人はレイの名を呼び続けた。


久保田玲衣


夕暮れが近づいてきている。
フィリピン沖に発生した台風のせいか昼過ぎから強い風が吹いていた。
川沿いの土手の桜並木が唸り声を立てている。

今日は秋分の日の祝日というのに、久保田玲衣はわけあって出勤し、その帰り道まっすぐ家には戻る気がせず遠回りして川沿いを歩いていた。
ときおりため息をつき、足取りは重かった。

東京のベッドタウンのこの街には、ほっとできるような自然の場所がまだいくつか残っている。

玲衣はあと一年足らずで30歳になる、ぎりぎり20代のアラサーOLだ。
これといった特技や特別な夢もなく、趣味と言えば映画と海外ドラマ。
宇宙人やUFO、占いなどのオカルト好き。
もちろん会社ではそれらの趣味は伏せているがそこはかとなくバレている。

時々失態をやらかし上司から注意される他は、あまり目立たずにひとりでボーっとしていることが多いので、会社では不思議ちゃんキャラとして認識されているらしい。

中肉中背の典型で、肩までの髪。ルックスは美形とまではいかないものの、色白なのが幸いし、そこそこな部類に入らなくもない。
プライベートでは半年ほど前に1年半付き合った彼と別れたばかり。

大学時代に付き合った彼氏はいたことはいたが自然消滅した後、彼氏いない歴を長年更新中だった玲衣だったが、無理矢理ピンチヒッターを頼まれて参加した合コンに、彼、佐久間一馬はいた。

出会いには全く何の期待もしていなかったはずなのに、笑うと小さな男の子のような表情になる一馬に心を持って行かれた。
ぐいぐいな女性陣の中で、ただ一人寡黙で飾り気のない玲衣に一馬も関心を寄せた。

二人は最初どことなくぎこちない会話をしていたが、映画の話になると一気に距離が縮まった。
玲衣が好きなある映画の話になったとき、なぜ主人公はあそこでつないでいた彼女の手を離したのか、という解釈を玲衣の思うそれと全く同じ捉え方で熱っぽく話す一馬。

玲衣はその瞬間恋に落ちた。

それは一馬も同様だったらしく、連絡先を交換してそこから付き合いがスタートしたのだった。

休みとなれば玲衣の部屋でDVDを鑑賞し、映画館へもよく足を運んだ。
旅好きな二人は神社仏閣へ旅行もした。
人見知りで心を閉ざしがちなところのある玲衣にとっては、一馬は自分自身を出しても安心と思える唯一の恋人であった。

そんなある日、青天の霹靂というべき出来事が起きる。

突然、一馬から気になる女性ができたと告白された。

新卒で入社してきた彼女は、同じチームの一馬に何かと相談をしているうちに恋心を抱くようになり、猛烈なアプローチを開始した。
最初は無視していた一馬も、気が付くと彼女が気になっていた、ということらしい。

玲衣は全身の血が凍り付いた。
黙り込む玲衣に一馬は、
「玲衣ちゃんは何も悪くないんだよ。僕が悪いんだ。玲衣ちゃんのことは大事に思っている」の一点張り。

玲衣には意味がわからなかった。
私を大事と思うのになぜ別の女性に気を向けたのか。
どうしてわざわざそれを打ち明けたりするのか。
それを知って私にどうしろと?

そして相手が自分よりもかなり年下だということも認めたくないけれどショックだった。恋人の一時の気の迷いで済ませられるほど玲衣は大人ではなかった。

それ以来固く心の扉を閉ざし、一馬を遠ざけてしまったのだ。


土手では黄色くなった桜の葉っぱが数枚、空中で旋回している。
荒れ狂う鉛色の海が上下反転したかのような空。
何かがあの波間から今にも降りてきそうな雰囲気だ、と玲衣が思ったまさにそのとき。

突然、雷のような光が雲間に見えたかと思うと、空から二本、光の柱がするするとまっすぐに降りてきた。

一瞬のことだった。玲衣は思わず息を呑んだ。

たった今目撃した光景が本当なのかどうか、大きく目を見開いたままその痕跡を探そうとしたけれど、もう光の柱はどこにも見当たらなかった。

「エッ、何今の……雷? じゃなかったよね? ……もしかしてUFO?」

強風の中、茫然と立ち尽くす玲衣の頭の中に声が響いた。

―待っています―

「え? え? 何? 誰?」

きょろきょろと周囲を見たものの誰の姿もなかった。
ぞくぞくと鳥肌が立ってきた。

玲衣は心の中で声を出さずに叫び、小さくガッツポーズした。

こんな超常現象に出会うのを子供の頃から待ちわびていたのだ。

突如雷が鳴り響いた。本格的に雨がやってくるのも時間の問題だった。
二本の光の柱が降りた方向をじっと見つめていた玲衣は、自分を奮い立たせるようにつぶやいた。

「あそこは滝の音公園。よし、明日は調査に行くよ!」

空は依然として鉛色だったが、思いがけない出来事に数分前まで落ち込んでいたことなどすっかり頭から抜け落ちた玲衣は、足取り軽く帰宅した。

着替えをしていると、マンションの3階の窓ガラスを激しい雨が叩き出した。

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