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【英国LLM留学】修士論文を書き上げるまで#4

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

ぼくは、イギリスに留学中の弁護士です。
2023年にキングス・カレッジ・ロンドン(KCL)のロースクール(LLM)を修了し、現在は、ロンドンの法律事務所に出向中です。

前回に引き続き、修士論文(dissertation)を完成させるまでの記録です。途中から読まれた方は、色々と聞きなれない単語があり、読みにくいかもしれません。もしよければ第1回から順に読んで頂けると、修士論文の作成過程を疑似体験できるかもしれません!

第1回第2回、第3回(前回)はこちら↓↓

前回は、研究計画書を提出するところまでを書きました。今回は、マイルストーンとして設定されていた修士論文の一部分の提出までのところを振り返っていきたいと思います。


2023年4月中旬:研究計画へのコメントバック

学生課から配布されたスケジュールでは、2月末に提出した研究計画が4月3日までに返却されるとのことでした。

案の定、その日までに何の連絡もなかったものの、4月中旬になってから、指導をお願いしているLu教授から直接メールが届きます。研究計画へのコメントが入ったPDFが添付されていました。

教授からのコメントは思いのほかポジティブで、まとめると「この調子で進めてOKだよ」といった内容でした。

ただし、ひとつだけ気になるコメントがありました。研究計画に記載していた修士論文のタイトル(案):"Why Japanese regulatory sandbox is not widespread - comparing with the UK"に対するコメントです。

The title could be further improved to make it a more legal/regulatory subject. The popularity (being widespead) of sandbox regime or not is a social/economic phenomenon.

「確かに。」と心の中で頷きながらファイルを閉じて、ベッドに戻りました。実はこの頃、体調を崩しており丸1か月ほど寝込んでいました。そのせいで、エッセイの提出ができず、不可(Fail)を取ってしまったりもしています。留学中の皆さんは、ぜひ体調にはお気を付けください。

というわけで、この頃は全く修士論文に関する作業はしていませんでした。

2023年6月26日:一つの章(chapter)の提出

4月が終わり、5月はTerm 2の期末テストがあったため引き続き修士論文に時間は割けず、いよいよ6月になりました。

ぼくが通った22‐23年度のKCLの修士論文のモジュールでは、6月26日までに、第3のマイルストーンとして、一つの章(max 2,500 words)の提出が必要でした。4月にもらった研究計画へのコメントを踏まえて、修士論文の作成にとりかかります。

どの章をチョイスすべきか

イギリスの大学院(少なくともKCLのロースクール)では、手取り足取り学生の世話をするタイプの教授は稀ですが、学びたい意欲がある学生に対しては、みな熱心に教えてくれます。修士論文の作成にあたっても、指導担当の教授をどんどん頼るべきだと思います。

とはいえ、自分の書いた文章をそのまま渡して、これをレビューしてくれとは言うのは難しいです。そうなると、今回の提出物に対するコメントは、修士論文の提出までの間に、指導担当から、ぼくが作成した文章に対して直接コメントを貰える唯一の機会となります。

そこで、ぼくは、「一つの章」と言われつつも、「Introduction」と「第1章」という事実上二つの章からなる文章を2,500 Words以内にまとめて、提出することにしました。

特定の章だけではなく、イントロダクションも入れておくことで論文全体の構成についてもコメントが貰えるだろうと企みました。

タイトルの再考

上記にも書いたとおり、修士論文の仮タイトルに対して、より法律・規制に焦点を当てたタイトルとした方がよいという指摘がありました。

ぼくは、このコメントを、タイトルのみならず、修士論文の作成方針に対するコメントだと受け取りました。つまり、タイトルの変更は、修士論文の内容の変更にもつながっていくかもしれません。

何をもって法律や規制に焦点を当てているといえるのか微妙なところですが、ぼくが規制のサンドボックスの日英比較というトピックを選んだきっかけは、日本の規制がイノベーションを阻害しているのではないかという問題意識からでした。

そうであれば、タイトルはこうだろう!と思ったのです(変更箇所は太字にしました)。

Why Japanese regulatory sandbox is struggling to encourage innovation - comparing with the UK

これが教授の指摘にかなうものなのか不安もありつつ、コメントバックが来たときに考えれば良いやと思い、一旦はこれで次のマイルストーンの提出は進めることに決めました。

構成を考えてみる

実際に提出するのは一部だとしても、結局は全体のうちの一部です。そのため、構成をある程度固めた上で、書き始めた方が良いだろうと思いました。

当時のメモが、こんな感じで残っていました。

概要(Introduction)
・背景事情
・この修士論文の意義
・ぼくの主張(*1)
・修士論文の構成
第1章 イギリスの規制のサンドボックス
・制度の概要
・・目的:革新的技術の早期・低コストでの市場投入
・・参加要件
・・制限付許可→ほとんどの参加者が利用(cf.規制の特例制度)
・イギリスの規制のサンドボックスはイノベーションに有用であること
・・当局による自己評価
・・批判(不公平性、Race to Bottom)→反論する
第2章 日本の規制のサンドボックス
・目的:市場との対話
・参加要件→既存の法令に違反していない必要があることを強調
・規制の特例措置
第3章 日英の制度の比較
・制限付許可に比べて規制の特例措置の使い勝手が悪い
・制度の目的が事業者のニーズに合っていない
・ユーザビリティ、透明性が低い
第4章 結論

概要と第1章は、提出予定だっただけあって、細かく書いていますね。完成版と微妙に異なるところはありますが、大筋のところは変わっていません。

他の学問分野に足を突っ込んでいないか?

構成に当たって頭を悩ませたのは、イギリスの規制のサンドボックスに対する政策的評価を加えるか否かです。

ぼくの修士論文は、言ってしまえば、イギリスの制度と比較して、日本の制度がいかにダメであるかをあげつらうものです。そして、修士論文のタイトルを「なぜ日本の規制のサンドボックスはイノベーションを促進するのに苦労しているのか」とした以上、日本の制度を批判するに当たり、規制のサンドボックスの利用がイノベーションを促進しているという前提があるはずです。しかし、実際のところ、これは定かではありません。

というのも、イギリスの方が制度の利用が進んでいるのは客観的に明らかなのですが、利用が進んでいることと、それがイノベーションを促進していることは論理的に必ずしも一致しないからです。

ただ、規制のサンドボックスの社会的有用性は、法律学というツールからは導き出せません(とぼくは思っています)。おそらく経済学なり政策科学といった別の学問分野の知識が必要になります。

今振り返ると、「規制のサンドボックスの利用はイノベーションを促進している」ことを事実と仮定して議論を組み立てていくことも可能だったのかも知れませんが、それをすると、せっかくの修士論文がすごくつまらないものになる気がしたのです。もう少し、説明を加えるなら、このトピックを修士論文として扱うことの意義が著しく弱まるように感じました。

そこで、修士論文では、専門外の難しいことには触れないものの、出来る限り、イギリスの規制のサンドボックスに対する政策的評価も行うことにしました。幸いなことに、これは今回提出する第1章で議論することだったので、教授にコメントを貰おうと思ったのです。

期限ギリギリに提出

今回は、大学のポータルではなく、指導担当の教授にメールで直接データを送れという指示だったため、結局、ギリギリの6月26日午後11時ぐらいに送信しました。

すると、すぐに教授から自動メールがあり、夏の間はサバティカルに入っている旨の返信でした。

2023年8月中旬:第1章へのコメントバック

配布されたガイダンスによれば、指導担当教授から7月中にコメントバックがあり、併せて面談を行うべし、とのことでした。

しかし、案の定、8月に入っても何の音沙汰もありません(笑)
気にはなっていたものの、このときのぼくは、不可(Fail)を取った二つの科目の追試の勉強とエッセイの再提出に追われており、ぼくの方からアクションを取ることはしませんでした。同じくLu教授から指導を受けている友人に聞いても何も連絡無しということで、充実したサバティカルなんだろうな、程度に捉えていました。

8月中旬になってようやく教授から連絡が来て、Teamsで面談をすることになりました。

教授からのオーバーオールのコメントとしては、「よくできているのでこのまま進めてOK」というもので、研究計画のときと同じものでした。

また、一つの章を提出という要件にも関わらず、イントロダクションと第1章の草稿を提出したことについては、特に咎められず、両方の章について、詳細なコメントをもらえました。

散々迷って構成に組み込むことにした「イギリスの規制のサンドボックスはイノベーションを促進している」という命題を論証することの是非については、修士論文であり、かつ法律学の論文であることを考慮すれば、ぼくが書いた程度のことで良いし、違和感も感じないということでした。

あとは、イノベーションに関する論証を突き詰めすぎると、「法律・規制にもっとフォーカスを当てるべき」という研究計画へのコメントにも矛盾する気がするという悩みも話したのですが、ご自身がそのようなコメントをされたことは忘れられているようでした(笑)(*2)

小括

確か前回は、今回で最終回になると言っていました。実際、書き始めはそのつもりでした。ただ、いつものように書きすぎてしまったようです。
すみません、あともう一回だけ書こうと思います。

ということで次回は、修士論文提出とその後日談を書きます。

このエントリーがどなたかのお役に立てば、嬉しいです。
また次回もよろしくお願いします!

追記:次回はこちら(最終回)です。


【注釈】
*1 一応、"thesis"には「主張」という訳を当てていますが、ぼくは英語でしか修士論文の書き方を教わったことが無いので、この訳で果たして正しいのか分かりません。もし、相違あればご遠慮なくお知らせください!
*2 このように書いていますが、ディスっているわけではないです!とても良い先生です。


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