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【英国LLM留学】修士論文を書き上げるまで#1

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

ぼくは、イギリスに留学中の弁護士です。2023年にキングス・カレッジ・ロンドン(KCL)のロースクール(LLM)を修了し、現在は、ロンドンの法律事務所に出向中です。

今日は、修士論文(dissertation)について書きたいと思います。

アメリカとイギリスのロースクールとの違いの一つは、イギリスでは、修士論文の提出が修了要件になっていることだと思います(*1)。

そこで、今回は、ぼくの経験を振り返りながら、もしイギリスのロースクールに留学したら、どんな感じで修士論文を書き上げることになるのかを紹介できたらと思います。

おそらく、法学以外の社会科学(あとは人文科学)をイギリスの大学院で学ぶ予定の方にとってもいくらか参考になるのではないかと思っています。よければ、ご覧ください!


はじめに

色々と書き始める前に、ぼくが書いた修士論文の概要や背景情報を書いておいた方が、みなさんが読み進める上で頭に入ってきやすいと思うので、まずはその辺りのことを書こうと思います。

修士論文のテーマと成績評価

ぼくは、"Why Japanese regulatory sandbox is struggling to encourage innovation - comparing with the UK"というタイトルで、規制のサンドボックスと呼ばれるイノベーション政策について、イギリスの法的枠組みを参考に、日本の制度を批判的に検討する論文を書きました。

イギリスの大学院では、70点以上で優(distinction)が付きます。ぼくは、74点をもらうことができました。

修士論文の評価は、友人の話を総合すると割と甘めに付けられているっぽいのですが、それでもぼくより点数が高い友人は数人しかいなかったので、高い評価を得られたのではないかと思います。

修士論文に関する背景情報

上で述べたとおり、イギリスのロースクールでは、基本的に修士論文の提出が必須です。KCLでは、10,000 wordで45単位か、15,000 wordで60単位を選択します。KCLの修了要件は180単位の認定なので、修士論文のモジュールは、それぞれ4分の1、3分の1のウエイトを占める科目と言うことですね。ぼくは、前者の45単位の方を選択しました。

作成までにかかった期間は、凝縮すると1か月ぐらいだと思います。いくつかのマイルストーンが設定されており、また必要に応じて指導担当の先生からフィードバックをもらうこともあるので、通年で休み休み書き上げることになります。なので、締切〇日前に徹夜で仕上げるといったやり方は難しいと思います。

ぼくが提出したデータの元wordファイルの作業時間を確認してみたところ、3768分でした。書き始める前の資料収集も含めるとのべ80時間ぐらいかかった感じです。

留学前:トピックの選定

いつ頃から修士論文のテーマについて考えはじめるのか

以前、こちらで書いたように、ぼくはイギリスのロースクールに行くことを決めたときから、修士論文を書くのを割と楽しみにしていました。

また、出願の事務手続の代行等をお願いしていたSI-UKでパーソナルステイトメントの書き方を教わったときに、修士論文として書きたいトピックを志望理由に入れておくと良いというアドバイスを受けたので、出願の準備時点で、どんなトピックで書きたいのかぼんやりと考えている状態でした。

このような理由から、ぼくは留学前に既にトピックを実質的に決めていたのですが、渡英後にロースクールの授業が始まってから考え始めても全く問題ないと思います。

ただ、以下で述べるようなトピック選定までの思考過程は、留学前であろうと後であろうと、日本にいようと海外にいようと、そんなに変わるものではないと感じています。そのことを前提に読んで頂ければと思います。

留学の準備の中でネタに出会う

ぼくにとって留学の準備は、今後の弁護士としてのキャリアをどう作っていきたいのかという問題と表裏でした。データ法やテック関係の分野を深めたいと思ったのも、ぼくが積んでいた経験や業界の動向を踏まえた現実的な視点もありましたが、やはり、やりがいがありそうだったからです。

この「やりがい」をもう少し具体的に説明します。要するに、革新的な技術が、既存の法の枠組みに当てはまらないゆえに規制上の困難に直面しているときに、適切なアドバイスを通じて、市場への投入をサポートすることができれば、社会のイノベーションに貢献することができるのではないか。もうそうならば、弁護士冥利に尽きるだろうということです。

イノベーションと規制の問題は、近年、ぼくたちの業界でも非常に関心が高まっているテーマです。そして、この問題に対する回答の一つとして、規制のサンドボックスと呼ばれるイギリスで確立された規制手法があります。

ぼくは、この制度の名前は聞いたことがあったものの、中身までは詳しく知りませんでした。パーソナルステイトメントの作成に際して、ぼくの「やりがい」を深掘りしていく過程で、たまたま知りました。

規制のサンドボックスとは?

このエントリーの本筋から外れない範囲で、規制のサンドボックスについて説明します。

規制のサンドボックスを世界的に広めたのは、イギリスの金融サービスの規制当局であるFCA(FInancial Conduct Authority)です。FCAは、規制のサンドボックスを次のように説明しています。

規制のサンドボックスとは:
FCAの監督の下、事業者が、特定の関連する規制の一時的な適用除外の恩恵を受けつつ、実際の市場環境で商品やサービスをテストすることを可能にする法的枠組み(*2)

「特定の関連する規制」の代表例としては、許認可の取得、つまり一定の許認可を取得しなければ、特定の事業の実施が許されない場合が考えられます。規制業種に参入しようとするベンチャー企業にとって、許認可の取得は最大のハードルの一つになっているところ、規制のサンドボックスを利用することで、FCAの監督を受けつつも、許認可の取得の要件を一時的に免除された上で暫定的な事業開始が実現可能となります。

サンドボックス、と例えられる意味が分かって頂けたでしょうか。規制が一時的に取っ払われた「砂場」という実験場で、当局の監視下での事業活動を認めることで、規制が意図するところの消費者の利益の保護を確保しつつ、既存の規制がイノベーションを阻害しないような仕組みが作られています(*3)。

明暗が分かれるイギリスと日本

ぼくは、FCAによる規制のサンドボックスの取り組みを知り、非常に魅力的な仕組みだと思いました。実際、イギリスの規制のサンドボックスは、成功をおさめたものと評価されています。

FCAは、2016年に制度運用を開始して以来、FCAは、2023年7月時点で、合計186件のプロジェクトに対して、規制のサンドボックスを提供しています。

他方で、日本も2018年に、規制のサンドボックスの運用を開始しました。しかしながら、認定を受けたプロジェクトは、2023年7月時点で、30件に止まります。

このように、日本では、規制のサンドボックスの利用が全く進んでいないことが分かります。なお、イギリスでは参加対象者が金融事業者に限定されている一方で、日本では、すべての業種を対象としています。そのため、認定件数の差は、数字以上に顕著です。

なぜ日本の規制のサンドボックスはふるわないのか

ぼくはその理由が気になりました。また、革新的な技術・アイデアを持つに日本の企業が、もっと規制のサンドボックスを利用できれば良いのにとも思いました。

そして、もし日本の制度が上手くいっていない原因が、弁護士であるぼくにとって解決可能なものなのであれば、きっと「やりがい」につながるはずだと考えたのです。

そこで、ぼくは、KCLのパーソナルステートメントに、「イギリスと日本における規制のサンドボックスの比較研究がしたいです」と書くことになり、その後、無事にオファーをもらうことになります。

小括

いつものように分量が増えすぎてしまいました。
本日は、修士論文のテーマが決まるまでの話とさせてください。

次回は、ぼくが修士論文の主張(Thesis)を考え始めるところから、書きたいと思います。

このエントリーがどなたかのお役に立てば、嬉しいです。
お読みいただきありがとうございました。

追記:次回はこちら


【注釈】
*1 全てのロースクールの要件を確認しているわけではありません。例えば、ロンドン大学クイーンメアリーは、修士論文を書かなくても、講義の単位を代わりに集めれば、修了できると聞きました!
*2 FCA, 'Regulatory sandbox lessons learned report' (October 2017), paras 2.1-2.3
*3 もともとは、IT業界の用語だったそうです。そのため、「規制の」サンドボックスという名前になっているのかもしれません。


弁護士のイギリス留学に関するいろいろなことを書いています。
よければ、ぜひご覧ください!

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