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【超短編】ちびまる

 帰り道を歩いている途中だった。向こうから異国風の顔立ちの男が何やら切羽詰まった様子で走ってきた。男はぼくのもとに来ると、早口に何か言いながら脇に抱えていた箱を無理やり押しつけてきた。どこの国の言葉なのか、何を言っているのかまるで分からなかった。身振りで拒否したが、男は意に介さずに箱を置き去りにして逃げていった。
 中からかすかに音がした。恐るおそる蓋を開けてみると、白いもふもふとした柔毛に全身を包まれた、丸いちんまりした生き物がいた。くりくりとした潤んだ瞳でこちらを見上げている。胸の奥がきゅうううんと音を立てて締めつけられた。それが何という種類の生き物かも分からないまま、飼うことに決めた。
 弾むように帰宅すると、愛猫きららにいいものを拾ったよと報告し、箱をリビングの机の上に置いて洗面所で手を洗った。鼻歌をうたいながら考えていたのは、その子の名前だ。そうだ、丸いからまるちゃんにしよう。まるちゃん。まるちゃん。小さいからちびまるだ。きららとも仲良くやれるだろう。鳥とも友だちになれる猫なのだ。思わず鏡の中の自分に微笑みかける。少し右を向いたときの自分の顔が好きだ。
 浮かれながらリビングに戻ると、きららが床で仰向けになってぐったりしていた。その上にまるちゃんがちょこんと乗って、きららのお腹に顔を突っ込むようにしている。ちびまるちゃん? 振り返ったちびまるは口の周りを血に染め、外見からは想像もつかない獰猛そうな牙できららの内臓を食いちぎっていた。ぼくは乙女みたいにきゃああと悲鳴をあげた。それがあまりにも乙女ぽかったので、自分でも驚いたやら気に入ってしまったやらだった。

いただいたサポートは子供の療育費に充てさせていただきます。あとチェス盤も欲しいので、余裕ができたらそれも買いたいです。