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36 行方不明

男の遺体が行方不明になった。棺から消えたのだ。

調べてみると棺の底に穴が開いていた。誰かが男はそこから逃げたのだと言った。別の誰かが死んでいるのにどうやってと反論した。確かに一理ありそうだった。遺体が盗まれた可能性もあったが、誰が何のためにと考えると皆目見当もつかなかった。

よくよく話し合ってみると、誰も男が死ぬところを見ていないことが分かった。死因も伝えられていなかった。来たときにはすでに棺に蓋がされた状態で安置されていたので、実際に遺体を見た者もいなかった。

葬儀の予約はいったんキャンセルされた。協議の結果、キャンセル料は当事者である男のもとに請求されることとなった。

騒ぎをよそに男はぴんぴんしていた。葬儀のことなど何も知らずにドーナツを食べに出掛けていた。電話を取ると葬儀社からだった。担当者は当日キャンセルなので100%支払うか、予定通り葬儀を行うかだと迫った。

男は葬儀を行うことを選んだ。今月は皿洗いのバイトで皿割りの新記録を達成していた。もうやっていけないという気持ちだった。男は自ら棺に入り、内側から自分で釘を打ちつけた。

いったん帰ってしまった人々が戻ってきて、男が釘を打つ音に合わせて踊り出した。宴会がはじまった。棺は特別強力な炎で燃やされた。すべてが灰になった。



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