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37 失敗三

男が趣味で小説を書いていることを知ると、女は強い興味を示して読みたいと言った。男は最初渋ったが、しつこく言われるとやがて根負けした。翌日、さっそく原稿用紙で百枚ほどの長さの小説を渡した。読んで感心してほしいと思っている部分もなくはなかった。

次の週末に会ったとき、男は小説の感想を求めた。女は「まだ読めてなくて」と軽くかわした。あんなに読みたいと言ったくせにと思ったが、男は不満は口にしなかった。

その次に会ったとき、女は男が何を言うより前に「ごめん、時間なくてまだ読めてない」と多忙ぶりをアピールしながら言った。男はいつでもいいよと余裕を見せた。

しばらく間が空いて数週間ぶりに会ったとき、女はどこか小説の話題を避けるようなところがあった。男はあえて自分からは訊かないことにした。二人は忙しさを理由に会う頻度が減っていき、そのまま自然消滅した。

数年後、男は街中で女とばったり再会した。女は元気そうだった。簡単に近況報告をしあったあと、男はあのときの小説はどうしたかと尋ねた。女はあれねと苦笑いして言った。

「なんか思ってたのと違った」

やはり読んでいたのだ。女はさらに何か批判めいたことを口にしかけたが、すぐに言葉を引っ込めて次のように言うに留めた。

「小説のこととかよく知らないから」

男はなぜあのときすぐに読んだことを言わないのかと問い詰めたかった。自分たちが疎遠になったのは、あの小説のせいだったというのか。

薄々分かっていたことだった。女はじゃと軽く手を振り去っていった。



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